大田黒先生のファンです
投稿者: ttohtaguro 投稿日時: 2004/01/25 03:45 投稿番号: [808 / 3072]
逮捕、そして暴行と拷問
私の名はガンデン・タシ。ラサのメルド・ゴンカル県ギャマ郷二村の出身です。8歳で学校に上がり、l5歳でガンデン寺に入つて僧侶になりまし 。8歳で学校に上がり、l5歳でガンデン寺に入つて僧侶になりまし た。1988年3月5日、モンラム祈祷祭の役員の一人だった私は(当時19歳)、ラサのバルコル街の東側で平和的なデモに参加し、その夜8時頃逮捕されました。
大勢の公安と軍が私たちに催涙弾を投げつけ、 警棒やライラルの台尻、ゴムバットで殴りつけま した.電気棒で殴られて、冷水を浴びせかけられ ました,暴行ほ1時間にわたって続き,意識が 戻ったときには、手錠をかけられてグツァ拘置所 の中にいました。各房には約20名の囚人がいまし た。グツァでの拷問で最悪だったのは、裸にされ て電気棒で殴られたときです。拷問が終わり、ズ ポンや上着を着るのは一苦労でした。居房に戻 されても、体が腫れ上がって痛みがひどく、横 になって眠ることはできませんでした。肌は青 緑に変色していました。
10分から15分にわたって天井から吊り下げ られることもよくありました。電気ワイヤーも 使われました。手首を縛って電気を流すので す。痛みは耐えがたいものでした。
まずグツア拘置所に1ヶ月拘留された後、セ イトゥ(人民武装警察第四処)と呼ばれる拘置 所に移送されました.セイトゥで最も辛かった のは、動けぱ動くほどきつく締まる手錠(通 称:黄色手錠をはめられたことです。看守は、 手錠をはめた手首を床に押しつけておいて、手 錠を足で蹴りました。耐えがたい痛さでした。 腕がひどく腫れ、
今でも傷痕が残っています。
大田黒先生、チベット人拷問ってのはとても気持ち良いですね。
なぜこんな気持ちの良いものを日本人が批判するのでしょう?
我々には理解できません。大田黒先生これからも
もっと沢山のチベット人を拷問してゆきましょう。
これは メッセージ 1 (kanazawa2p さん)への返信です.
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