台湾の歴史
投稿者: satoumtr314 投稿日時: 2006/09/30 18:03 投稿番号: [2853 / 3072]
横スレかも知れないが、陳恵運氏が次のようなこと書いてます。
前回より詳しく引用・補足しました。
昔台湾は「東番」と呼ばれ何処にも帰属しない国であったが、はじめに日本の倭寇が占領し、明の神宗帝(1572〜1619年)の時に、オランダ人が台湾を占領した。
その後、明の皇帝の遺臣であった鄭芝龍と平戸の商人田川七左衛門の娘の間に生まれた鄭成功(1624〜1642年)は、17世紀に台湾からオランダを追い出したが、この事件を現代の中国では鄭成功の偉業として称えている。
ところで現代の中国は、故意にこの鄭成功の出生の経緯について口を閉ざしているが、子供の戸籍は母に従うという中国の戸籍の慣例から鄭成功は正真正銘の日本人となるため、近松門左衛門も「国姓爺合戦=こせんやかっせん」で鄭成功の偉業を戯曲とした。
また清の初代皇帝の順治帝は、鄭成功との戦争で命を落とし、それ以降台湾には侵攻していないが、鄭成功の父が清国に降参した際、親子の縁を鄭成功から切った。
鄭成功が亡くなってからは、その息子と孫が跡を継ぎ大陸の福建省まで勢力を拡大したが、清国の康熙帝時代(1661〜1722年)に台湾を征服した。
清国の康熙帝の孫の乾隆帝時代(1736〜95年)に編纂された「欽定大清一統志」には、台湾府設立の沿革として、「古より荒服の地であり、中国と通ぜず、名は東番、明の天啓(年号、1621〜27年)には、赤毛のオランダ人の拠所で、日本に属す」と明文化された。
これは メッセージ 2851 (satoumtr314 さん)への返信です.
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