対立すべき時は対立を
投稿者: f3nasa 投稿日時: 2005/01/09 17:06 投稿番号: [2385 / 3072]
> そう見られるほど左翼色が消えている。
> 毎日が左翼と言ふのわ昔話だ。
> 親中的記事もゼロに等しい。
▲毎日新聞の内部事情は良く判りませんが、以前は合衆国の特派員をされてい
た上村幸治氏が異動、中国総局長に就任された事と無関係ではないのかもしれ
ません。実際、上村氏が一月五日に書かれた下のコラムを読んで、そこに『中
国寄り』を見出すのは難しいと思います。
<引用開始>
たしかに戦後の60年だけで見るなら、中国の方がはるかに平和を脅かしてきた。懲罰と称してベトナムに侵攻したり、台湾の民主選挙を軍事演習で脅した。いまも民主化を求める知識人を弾圧している。国際社会が日本より中国を脅威と感じても不思議はない。
しかし、日中の間だけは別なのである。今も「戦争を反省しない加害者の日本と被害者の中国」という構図が、さまざまな問題におおいかぶさっている。
両国の政治家はいまだに、60年前の戦争をどう認識すべきかという議論を延々と続けている。まるで日本と中国の間にだけ、特殊な空間ができてしまったようにみえる。
そういう意味では日本は、60年たっても歴史の負の遺産を清算できなかったのかもしれない。かりに中国が謝罪を求めなくなるような状況を「清算」と想定していたのなら、日本はそれに失敗したことになる。
しかし、戦争という人の生死にかかわる問題は、簡単に片付かないと考えるなら、また別の景色も見えてくる。謝罪要求は終わらないのだと覚悟した上で、それに誠実に応え、しかも是々非々でつきあっていくという道もある。
是々非々でいくなら、中国から民主主義や平和に逆行する対応を求められた場合は、拒む必要があるし、注文もつけないといけない。そうすればきっと、摩擦はさらに増えるだろうが、それも仕方ないのではないだろうか。
日本は戦後60年、摩擦や対立を過度に恐れ、避けよう避けようと懸命になってきた。そろそろ、対立すべき時は対立し、その上でそれを乗り越えるための努力をする時期が来ているように思う。
http://www.mainichi-msn.co.jp/column/kishanome/news/20050105ddm004070049000c.html<引用終了>
moccusboccus 氏が主張されている、
『日本の主要紙の中で、「毎日新聞」が中国寄りの記事を一番多く掲載する
新聞であることは、これまた業界の常識』
も、上村色が浸透するにつれ様相を変えていく事になるのでしょう。
これは メッセージ 2383 (Ryojin_boku さん)への返信です.
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