超異例のトップ交代 揺れる“巨艦”日立w
投稿者: baka_japs_wahaha_wwwww 投稿日時: 2009/04/04 20:53 投稿番号: [98 / 258]
超異例のトップ交代
揺れる“巨艦”日立
4月4日20時37分配信 産経新聞
電機業界の“巨艦”日立製作所が揺れている。4月1日に発足した新体制は、62歳の古川一夫社長がいったんは決めた続投を撤回して、わずか3年で副会長に退き、7歳年上で日立マクセル会長に転じていた川村隆氏が本社の会長兼社長に返り咲く超異例の事態となった。日立や業界関係者の間では、実力者で今回、会長を退いた庄山悦彦前会長が主導した人事との見方がもっぱらだ。短期の暫定政権との声も多く、平成21年3月期に7000億円の巨額最終赤字に転落する日立再建の行方は不透明だ。
■撤回人事
「わたしもフレッシュな気持ちで出社しました」
1日の入社式で、川村新社長は、新入社員にこう呼びかけた。
日立関係者の誰もが、ほんの2カ月前には、まさか川村氏が入社式であいさつに立つとは予想もしていなかった。
日立は2月3日に古川氏が続投する4月からの経営体制を発表した。「社長任期は最低8年」が定着している日立では、18年4月に就任し、日本経団連副会長を務める古川氏の続投は既定路線だった。
ところが、わずか1カ月で事態は急変する。
「グループの総力を挙げて、この危機を乗り切るため人事の一新を決意した。社員の皆で、川村さんを支えてほしい」
3月16日午後3時。社長交代の情報開示に合わせ、社内ネットに古川氏のメッセージが掲載された。
■庄山人事
1カ月の間に日立で何か起きたのか。
直接のきっかけは、業績の大幅な悪化だ。日立では2月中旬に、年度末の駆け込み受注を折り込んだ最終的な今期の予想に加え、来期の予想を内部資料として取りまとめる。
21年3月期の予想は、すでに1月30日の段階で7000億円の最終赤字に転落すると下方修正していた。問題は22年3月期だ。古川氏は交代会見で「(続投を決めた)2月3日の時点では、来期は回復基調とみていたが、半月たって悪化する見通しとなった」と、決断の理由を説明した。
もっとも、決断の背景には、庄山氏の思惑がちらつく。「古川氏ひとりでは、グループ全体に目配りできない」との危機感を強めた庄山氏は一時、経営の実務も行う執行役会長に就き、経営トップに返り咲くことも検討したという。
しかし、さすがに対外的にも社内的にも理解は得られないと、復帰案は幻に終わる。代わりに打った手が、川村氏を呼び戻すことだった。さらに5人の副社長も、うち3人がグループ会社の社長、会長からの復帰というベテラン重視の布陣となった。
川村氏は、日立で社長レースの必須だった「東大工卒・重電畑・日立工場長経験者」という3条件を満たす保守本流だ。11年4月に退任した金井務元社長(現相談役)の後継レースでは、常務ながらも候補に名前が挙がり、最終的に社長の座を射止めた庄山氏と争った。
家電畑の庄山氏、情報システム畑の古川氏と2代続けて“非主流派”が社長を務め、川村氏は副社長まで上り詰めたが、15年に日立本体を去る。
■短期政権
庄山・古川時代の10年間は、売上高こそ8兆円から11兆円に拡大したものの、プラズマテレビやハードディスクなど巨額投資を行った事業の不振から21年3月期を含め4回も赤字に陥るなど不振が続いた。
「総合電機」の看板にこだわり続けてきた日立は、家電から社会インフラにいたる幅広い事業分野と、それを支える日立建機や日立電線などのグループ会社が強みだった。
しかし、今回の大不況では、すべての事業分野が総崩れ状態となり、「総合」の弱点を露呈。大手電機で最大の赤字を計上する。保守本流の川村氏の登板とベテラン重用には、グループの求心力を高め、社会インフラを中心とする重電に経営資源を集中し、「総合」の輝きを再び取り戻したいという思いが込められているようにみえる。
ネックは、川村氏の年齢だ。日立には「70歳を超えて社長を続けない」という庄山氏が作った内規があり、川村氏は、内規に従えばあと1年しかない。
「そう遠くない時期に、社長を外れ、会長になる」。社内外では、短期政権説がくすぶる。
川村氏だけでなく、日立にとってもゆっくりと時間をかけている余裕はない。短期間で成果を挙げ、再建を果たせるのか。その手腕が問われている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090404-00000599-san-bus_all
4月4日20時37分配信 産経新聞
電機業界の“巨艦”日立製作所が揺れている。4月1日に発足した新体制は、62歳の古川一夫社長がいったんは決めた続投を撤回して、わずか3年で副会長に退き、7歳年上で日立マクセル会長に転じていた川村隆氏が本社の会長兼社長に返り咲く超異例の事態となった。日立や業界関係者の間では、実力者で今回、会長を退いた庄山悦彦前会長が主導した人事との見方がもっぱらだ。短期の暫定政権との声も多く、平成21年3月期に7000億円の巨額最終赤字に転落する日立再建の行方は不透明だ。
■撤回人事
「わたしもフレッシュな気持ちで出社しました」
1日の入社式で、川村新社長は、新入社員にこう呼びかけた。
日立関係者の誰もが、ほんの2カ月前には、まさか川村氏が入社式であいさつに立つとは予想もしていなかった。
日立は2月3日に古川氏が続投する4月からの経営体制を発表した。「社長任期は最低8年」が定着している日立では、18年4月に就任し、日本経団連副会長を務める古川氏の続投は既定路線だった。
ところが、わずか1カ月で事態は急変する。
「グループの総力を挙げて、この危機を乗り切るため人事の一新を決意した。社員の皆で、川村さんを支えてほしい」
3月16日午後3時。社長交代の情報開示に合わせ、社内ネットに古川氏のメッセージが掲載された。
■庄山人事
1カ月の間に日立で何か起きたのか。
直接のきっかけは、業績の大幅な悪化だ。日立では2月中旬に、年度末の駆け込み受注を折り込んだ最終的な今期の予想に加え、来期の予想を内部資料として取りまとめる。
21年3月期の予想は、すでに1月30日の段階で7000億円の最終赤字に転落すると下方修正していた。問題は22年3月期だ。古川氏は交代会見で「(続投を決めた)2月3日の時点では、来期は回復基調とみていたが、半月たって悪化する見通しとなった」と、決断の理由を説明した。
もっとも、決断の背景には、庄山氏の思惑がちらつく。「古川氏ひとりでは、グループ全体に目配りできない」との危機感を強めた庄山氏は一時、経営の実務も行う執行役会長に就き、経営トップに返り咲くことも検討したという。
しかし、さすがに対外的にも社内的にも理解は得られないと、復帰案は幻に終わる。代わりに打った手が、川村氏を呼び戻すことだった。さらに5人の副社長も、うち3人がグループ会社の社長、会長からの復帰というベテラン重視の布陣となった。
川村氏は、日立で社長レースの必須だった「東大工卒・重電畑・日立工場長経験者」という3条件を満たす保守本流だ。11年4月に退任した金井務元社長(現相談役)の後継レースでは、常務ながらも候補に名前が挙がり、最終的に社長の座を射止めた庄山氏と争った。
家電畑の庄山氏、情報システム畑の古川氏と2代続けて“非主流派”が社長を務め、川村氏は副社長まで上り詰めたが、15年に日立本体を去る。
■短期政権
庄山・古川時代の10年間は、売上高こそ8兆円から11兆円に拡大したものの、プラズマテレビやハードディスクなど巨額投資を行った事業の不振から21年3月期を含め4回も赤字に陥るなど不振が続いた。
「総合電機」の看板にこだわり続けてきた日立は、家電から社会インフラにいたる幅広い事業分野と、それを支える日立建機や日立電線などのグループ会社が強みだった。
しかし、今回の大不況では、すべての事業分野が総崩れ状態となり、「総合」の弱点を露呈。大手電機で最大の赤字を計上する。保守本流の川村氏の登板とベテラン重用には、グループの求心力を高め、社会インフラを中心とする重電に経営資源を集中し、「総合」の輝きを再び取り戻したいという思いが込められているようにみえる。
ネックは、川村氏の年齢だ。日立には「70歳を超えて社長を続けない」という庄山氏が作った内規があり、川村氏は、内規に従えばあと1年しかない。
「そう遠くない時期に、社長を外れ、会長になる」。社内外では、短期政権説がくすぶる。
川村氏だけでなく、日立にとってもゆっくりと時間をかけている余裕はない。短期間で成果を挙げ、再建を果たせるのか。その手腕が問われている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090404-00000599-san-bus_all
これは メッセージ 1 (baka_japs_wahaha_wwwww さん)への返信です.