日本の戦争とアジア諸国の独立について
投稿者: hinomarnuoyaiba 投稿日時: 2006/11/07 07:55 投稿番号: [1 / 206]
戦争には功罪があります。
確かに、かの戦争で日本が各国に犠牲を強いた部分もあったでしょう。しかし、その部分のみを強調して、その他を全て隠そうとする行為を「偏向」と呼ばずして何と呼んだら良いのでしょうか。偏向したイデオロギーに毒された自虐史観に基づく歴史教育は危険です。あるべき歴史教育とは、闇の部分も光の部分も、全て包み隠さず伝えるものではないでしょうか。
【インドネシア『歴史教科書』中学3年用】
日本の占領は、後に大きな影響を及ぼすような利点を残した。第一に、オランダ語と英語が禁止されたことで、インドネシア語が成長し、使用が広まった。日本軍政の3年半に培われたインドネシア語は、驚異的な発展を遂げた。第二に、日本は青年達に軍事教練を課して、竹槍や木銃によるものだったとはいえ、厳しい規律を教え込み、勇敢に戦うことや耐え忍ぶことを訓練した。第三に、職場からオランダ人がすべていなくなり、日本はインドネシア人に高い地位を与えて、我々に高い能力や大きい責任を要求する、重要な仕事を任せた…(中略)
【マレーシア『歴史』高校生用】
結局のところ、日本占領期は、日本軍の残虐さ、経済的苦痛、そして常食となったタピオカなどの悪夢として多くの人々に長く記憶されることだろう。しかし、それと同時に地域住民の中で、英国の威信を低下させることともなった。また日本は短期間のうちに地域住民、とくにマレー人の政治的自覚を促すことに成功した。これは戦前には全くなかったことである。
【シンガポール『東南アジア史』中学・高校生用】
日本占領がもたらした決定的なものは、東南アジア諸国に民族独立の機運を巻き起こしたことである。
【オーストラリア『世界史』中学生用】
日本の占領は、実際には経済的搾取が狙いであったが、それでも人々の多くが経験したことのない自治の味を教えた。以前のヨーロッパ人が統治していた時には比べもつかない日本の暴政の下でも、以前の状態に戻りたいと言う望みを起こさなかった。日本が敗北し、再びヨーロッパ人が戻ってきた時、それぞれの国の国民運動の核心となったのである。もはや以前の植民地の状況に戻すことは不可能になった。日本の占領がそうさせたのである。
【フィリピン『国史』高校生用】
日本軍はアメリカ以上にタガログ語の発達に力を入れた。彼らの目的が利己的であったかどうかはさして重要ではない。日本が、タガログ語の作家が自国語の美しさと可能性を再発見するに貢献したという事実は消し去ることはできない。
【タナット・コーマン(タイ王国元副首相、元外相)】
あの戦争によって、世界のいたるところで植民地支配が打破されました。そしてこれは、日本が勇戦してくれたお陰です。新しい独立国が、多くの火の中から不死鳥のように姿を現しました。誰に感謝を捧げるべきかは、あまりにも明白です。
【ククリット・プラモード元タイ首相】
日本のおかげでアジア諸国は全て独立した。日本というお母さんは難産してその母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。こんにち東南アジア諸国民が、米・英と対等に話しができるのはいったい誰のお陰であるか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあった為である。12月8日は我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して、重大決心をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。
確かに、かの戦争で日本が各国に犠牲を強いた部分もあったでしょう。しかし、その部分のみを強調して、その他を全て隠そうとする行為を「偏向」と呼ばずして何と呼んだら良いのでしょうか。偏向したイデオロギーに毒された自虐史観に基づく歴史教育は危険です。あるべき歴史教育とは、闇の部分も光の部分も、全て包み隠さず伝えるものではないでしょうか。
【インドネシア『歴史教科書』中学3年用】
日本の占領は、後に大きな影響を及ぼすような利点を残した。第一に、オランダ語と英語が禁止されたことで、インドネシア語が成長し、使用が広まった。日本軍政の3年半に培われたインドネシア語は、驚異的な発展を遂げた。第二に、日本は青年達に軍事教練を課して、竹槍や木銃によるものだったとはいえ、厳しい規律を教え込み、勇敢に戦うことや耐え忍ぶことを訓練した。第三に、職場からオランダ人がすべていなくなり、日本はインドネシア人に高い地位を与えて、我々に高い能力や大きい責任を要求する、重要な仕事を任せた…(中略)
【マレーシア『歴史』高校生用】
結局のところ、日本占領期は、日本軍の残虐さ、経済的苦痛、そして常食となったタピオカなどの悪夢として多くの人々に長く記憶されることだろう。しかし、それと同時に地域住民の中で、英国の威信を低下させることともなった。また日本は短期間のうちに地域住民、とくにマレー人の政治的自覚を促すことに成功した。これは戦前には全くなかったことである。
【シンガポール『東南アジア史』中学・高校生用】
日本占領がもたらした決定的なものは、東南アジア諸国に民族独立の機運を巻き起こしたことである。
【オーストラリア『世界史』中学生用】
日本の占領は、実際には経済的搾取が狙いであったが、それでも人々の多くが経験したことのない自治の味を教えた。以前のヨーロッパ人が統治していた時には比べもつかない日本の暴政の下でも、以前の状態に戻りたいと言う望みを起こさなかった。日本が敗北し、再びヨーロッパ人が戻ってきた時、それぞれの国の国民運動の核心となったのである。もはや以前の植民地の状況に戻すことは不可能になった。日本の占領がそうさせたのである。
【フィリピン『国史』高校生用】
日本軍はアメリカ以上にタガログ語の発達に力を入れた。彼らの目的が利己的であったかどうかはさして重要ではない。日本が、タガログ語の作家が自国語の美しさと可能性を再発見するに貢献したという事実は消し去ることはできない。
【タナット・コーマン(タイ王国元副首相、元外相)】
あの戦争によって、世界のいたるところで植民地支配が打破されました。そしてこれは、日本が勇戦してくれたお陰です。新しい独立国が、多くの火の中から不死鳥のように姿を現しました。誰に感謝を捧げるべきかは、あまりにも明白です。
【ククリット・プラモード元タイ首相】
日本のおかげでアジア諸国は全て独立した。日本というお母さんは難産してその母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。こんにち東南アジア諸国民が、米・英と対等に話しができるのはいったい誰のお陰であるか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあった為である。12月8日は我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して、重大決心をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。