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ペリリュー島の日本のジャンヌダルク伝説

投稿者: hiroonomiya2006 投稿日時: 2008/05/25 21:21 投稿番号: [391 / 1344]
昭和19年秋、玉砕の島ペリリュー島、水戸山陣地に篭り、一人で精強な米海兵隊(マリーン)86人を機銃掃射でなぎ倒したうら若い日本女性兵士の伝説。(諸君6月号、秦郁彦氏)

かって南洋庁が置かれた、パラオ第14師団所属の53歳の独立歩兵大隊引野大佐はペリリュー島防衛を命じられた。

かねて恋仲であったパラオ随一の一流料亭「鶴の家」の美人芸者「久松」、本名梅田セツは、22歳の若さでありながら内地引き上げを断り「一緒に死ぬ」と髪を切り、軍服をまとって美しい黒目を潤ませ引野大佐に同行した。

引野大佐は陸士26期卒業の職業軍人ながら38歳で陸軍を辞め、銀行や関西学院の教師を勤めた十数年後、召集されパラオに渡った人当たりの柔らかい紳士であり、それが30歳の年齢差ある若い「久松」の心を惹きつけたのかもしれない。

引野大佐は洞窟陣地を構築し、玉砕攻撃を避け、75日に渉り圧倒的米軍の攻撃を撃退し11回の天皇の御嘉賞が伝達され、米兵1万人が死傷した大激戦を繰り広げて散華した。

「久松」は機関銃座に立て篭って、世界最強の米海兵隊員86人をなぎ倒した後戦死したが、米軍は、勇敢な強敵が肌の白いうら若き小柄な日本美人であった事に驚くと同時に敬意を払い、木製の記念碑を建てたが今は朽ち果てて無いそうだ。

文部科学省も、在日監督による「靖国」なんて反日映画に補助金を与えるのなら、ペリリュー島のジャンヌダルクを取り上げた映画にこそ、補助金を出すべきだろう。

この伝説を映画化する、勇気ある日本の若き映画人は出現しないのだろうか?
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