台湾
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2007/12/03 22:19 投稿番号: [34 / 1344]
野球の日本−台湾戦を観ながら。
尊敬する日本人教師
許文龍氏は、昭和3(1928)年、日本統治時代の台湾・台南市に生まれ、台南高等工業付属工業学校に学んだ。戦後、玩具、日用雑貨製造を始め、現在、プラスチックの原料となるABS樹脂製造では、世界一になっている。
自社の病院や消防車を地域住民に役立て、また時価数百億円の美術品、楽器などを集めた博物館を作って、一般公開している。
会社に来るのは、週2日だけで、あとは海で釣りをしているという。
許氏は中学の時、大友先生という日本人教師に教わった。あるクラスに貧しい家の子がいて、いつも弁当はイモばかりだった。
これじゃ、栄養失調になると、見るに見かねて先生はこう言った。
先生はイモが好きだから、先生の弁当と交換してくれないか
そう言って、先生は何度も、自分の弁当をその子に食べさせた。
子供への愛情、自尊心を傷つけまいとする思いやりに許氏は涙を流した。
日本が戦争に負けると、総督府から給料が出なくなった。しかし、先生方は学校の倉庫にたくさんある物資には手をつけずに、道ばたでこもを被って座っていたという。それを知って「日本人の潔さ」だと、感動したという。
「素晴らしい日本人」、許文龍、正論、H11.8
これは メッセージ 1 (thirteen_satan さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4n8w_1/34.html