モンゴル
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2008/05/05 15:10 投稿番号: [275 / 1344]
消えたトピへ投稿したものの再掲ですが。
「モンゴルの人が一番頼りに思っているのが日本人です」
「明日への選択」から
「日本はアジアの誇りであり、世界に対して大きな役割を果たしています。モンゴル国民に対する援助は世界一、モンゴルの人が一番頼りに思っているのが日本です」
こんなふうに日本を評価するのは、司馬遼太郎の小説『草原の記』のモデルになったモンゴル人女性、パルダンギン・ツェべクマさん。ソ連の十月革命、日本の敗戦、中国の政治動乱からの脱出など、激動東アジアの歴史そのままに波乱万丈の人生を送ってきた。そんな彼女が「先生との出会いが、その後の私の生き方を方向づけ、また心の支えになりました。
先生との出会いがなければ、私の人主は全く違ったものになったと思います」という一人の日本人がいる。戦前、満州のハイラルでモンゴルの女子のために教鞭を執った高塚繁さんだ。高塚さんとはどんな人物だつたのか〈毎日新聞11月12日〉。
ツェべクマさんはこう振り返る。「お行儀と勉強はとても厳しいものでした。特に日本語の敬語とアクセントをやかましく注意されました…『です、ではぞんぎいです。ございます、と言いなさい』と直されました。…『世の中で笑われない人になりなさい』『勉強するのは日本のためでも、日本人になるためでもありません。モンゴルのために、あなたたちは勉強しているのです』というのが、先生の口癖でした。
『小さいことの積み重ねが大切なのです。そして祖国の発展に尽くす人間になるように』とおっしゃいました」
ツェべクマさんはその後、職に就き、高塚さんと別れたが、日本の敗戦後、高塚さんの消息を尋ね回って聞いたのはこんな話だった。
「先生は『あなた方はモンゴル人ですから、ここに残りなさい。私は日本人ですから、日本軍について行きます』と言われ、生徒たちに指輪や時計、パッグなどを形見として分け与え、退却する日本軍と共にハイラルを去ったそうです。ずっと後になって、祖国に帰り着くことなく途中で悲惨な最後を遂げたことを知りました」。
かくのごとき先人の献身が、今日の親日感惰を作っていることを忘れてはならない。
「モンゴルの人が一番頼りに思っているのが日本人です」
「明日への選択」から
「日本はアジアの誇りであり、世界に対して大きな役割を果たしています。モンゴル国民に対する援助は世界一、モンゴルの人が一番頼りに思っているのが日本です」
こんなふうに日本を評価するのは、司馬遼太郎の小説『草原の記』のモデルになったモンゴル人女性、パルダンギン・ツェべクマさん。ソ連の十月革命、日本の敗戦、中国の政治動乱からの脱出など、激動東アジアの歴史そのままに波乱万丈の人生を送ってきた。そんな彼女が「先生との出会いが、その後の私の生き方を方向づけ、また心の支えになりました。
先生との出会いがなければ、私の人主は全く違ったものになったと思います」という一人の日本人がいる。戦前、満州のハイラルでモンゴルの女子のために教鞭を執った高塚繁さんだ。高塚さんとはどんな人物だつたのか〈毎日新聞11月12日〉。
ツェべクマさんはこう振り返る。「お行儀と勉強はとても厳しいものでした。特に日本語の敬語とアクセントをやかましく注意されました…『です、ではぞんぎいです。ございます、と言いなさい』と直されました。…『世の中で笑われない人になりなさい』『勉強するのは日本のためでも、日本人になるためでもありません。モンゴルのために、あなたたちは勉強しているのです』というのが、先生の口癖でした。
『小さいことの積み重ねが大切なのです。そして祖国の発展に尽くす人間になるように』とおっしゃいました」
ツェべクマさんはその後、職に就き、高塚さんと別れたが、日本の敗戦後、高塚さんの消息を尋ね回って聞いたのはこんな話だった。
「先生は『あなた方はモンゴル人ですから、ここに残りなさい。私は日本人ですから、日本軍について行きます』と言われ、生徒たちに指輪や時計、パッグなどを形見として分け与え、退却する日本軍と共にハイラルを去ったそうです。ずっと後になって、祖国に帰り着くことなく途中で悲惨な最後を遂げたことを知りました」。
かくのごとき先人の献身が、今日の親日感惰を作っていることを忘れてはならない。
これは メッセージ 1 (thirteen_satan さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4n8w_1/275.html