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インドネシア独立戦争

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2008/03/23 23:30 投稿番号: [221 / 1344]
大東亜戦争の終戦直後の昭和20年8月17日、インドネシアは独立を宣言した。イギリス軍の支援を受けたオランダ軍が再びインドネシアを支配するべく進駐、インドネシアはオランタ軍と果敢に戦い四年にわたる独立戦争での戦没者は八十万人に及んだ。
昭和24年1月9日、東部ジャワ・マラン近郊のタンペット村で、雨のように降り注ぐオランタ軍の銃弾の前にひるむ戦友の勇気を奪い起すかのように、敵に向って駈け出した一人のインドネシア戦士の頭部を数発の銃弾が貫いた。戦士の名前はアブドル・ラフマン、日本名を市来龍夫といった。
市来はインドネシアの独立を援助すると約束しながら敗北した日本政府に対して、郷里に彼の帰りを待ち侍びる母と妻を思い切り、日本人を棄てる事で抗議しインドネシアの独立に生命を捧げた。
市来は吉住留五郎と共に東部日本人部隊の指揮官として、敵地工作を主とする謀略戦に当った。

後にスカルノ大統領は、市来龍夫、吉住留五郎を讃える一文を寄せている。

この独立戦争には約二千人の日本人が参加し約一千名が戦死、インドネシア各地の国立英雄基地には苛烈な独立戦争に功労を立てて戦死した日本人英霊の墓も祀られている。そうした英霊に対して日本政府からは何の手当ても為されていないが、インドネシア政府からは叙勲や恩給の支給など丁重な敬意が寄せられている。

かつてスカルノ、スハルト大統領等は、来日のたびに独立戦争に参加した戦士達に面会を求め謝意を表してきた。スハルトによって制定されたナラリア勲章も六名の日本人に授与されている。

http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/asia-in.htm


インドネシアの独立(ムルデカ)の為に戦った旧日本兵達の話は有名です。
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