和紙の未来を切り開いた職人の意地
投稿者: asianrobo 投稿日時: 2008/03/08 23:08 投稿番号: [156 / 1344]
伝統工芸として連綿とした歴史を誇る今立和紙ですが、100年程前には、洋紙の勃興により、存続の危機に立たされていました。
特に、芸術の世界にも洋画の技法が取り入れられ、それまでの和紙ではなく、布製のカンバスに描かれるようになった事は大きなダメージでした。
そんな中、一人の職人が、そんな状況に立ち向かいます。
岩野平三郎は、大きく落ち込んだ和紙の注文に心を悩ませていました。
和紙の素晴しさを認めてもらおうと、改良に改良を重ねた和紙を芸術家たちに送りますが、結果は散々。
当時使われていた絹製のカンバスに比べて大きく強度で劣ったからです。
何度やり直しても、どんな工夫を凝らしても、既存の材料では、絹のカンバスを超える強度を和紙に持たせる事は出来ませんでした。
しかし、岩野はあきらめませんでした。
「古いものの中にこそ、新しい技術の答えがある」
という信念の元に、更に試行錯誤を繰り返しました。
そんなあるとき、訪れた滋賀県の石山寺(ここは紫式部が源氏物語の構想を練った名刹)で、岩野は決定的な出会いを迎えます。
それは寺に残された古文書でした
平安時代に書かれたその古文書は、1200年経ってもその発色はいまだに健在。
これこそが、問題を解決する鍵になると思い至った岩野は、その紙が麻からつくられていることを突き止めます。
しかし、話は簡単には終わりません。
麻は紙に向かない原料だったため、まともに漉く事もままならなかったのです。
ですが、岩野はこれを更なる創意工夫で乗り切り、ついに絹のカンバス以上の和紙を作り上げました。
そうやって作り上げた自慢の和紙を、岩野は再び芸術家たちに送りました。
評価は素晴しいもので、横山大観に
「今後の作品には、全てあなたの紙を使いたい」
とまで言わしめました。
こうして数々の芸術家からの支持を取り戻した越前和紙は、存亡の淵から蘇りました。
その後、越前和紙はかのパブロ・ピカソからも評価を受け、平三郎の息子である岩野市兵衛が漉いた和紙が作品に使われています。
古代からの技法を守るだけでなく、常に進化を続け、新しい技術に対抗した和紙とその職人。
日本の職人の真骨頂というところですか。
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