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極寒のシベリアから生還した日本人

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/11/01 16:23 投稿番号: [1285 / 1344]
『ウィキペディア(Wikipedia)』

朝枝 繁春氏(あさえだ しげはる、1912年1月1日 - 2000年10月14日)は、日本の陸軍中佐。大本営作戦参謀として防疫給水部731部隊の証拠隠滅を命じたことで知られる。

第25軍(マレー・シンガポール作戦の部隊)の作戦参謀としても知られる。

1945年8月9日、参謀本部作戦課の対ソ作戦担当参謀であった朝枝氏はかつて関東軍の参謀だったころ、731部隊を担当し人体実験をしていたことを知っており、それが暴露されたその末路には、「天皇戦犯」の大問題が起こるとして上司の天野正一作戦課長に証拠隠滅を提言。

天野少将により河辺虎四郎参謀次長名を使って関東軍へ731部隊あてに暗号で至急電を打つことを許可される。

「今次ソ連の対日参戦にあたって、貴部隊の処置について、朝枝参謀をして指示せしむるにつき、翌8月10日午前11時ごろ、新京軍用飛行場において待機せらるべし」

1997年のテレビ朝日のザ・スクープの取材に対し、朝枝氏は新京で731部隊の石井四郎隊長に会い、「人間を使って細菌と毒ガスと凍傷の実験をやったことが世界にばれたらえらいことになり、(戦犯訴追が)直に天皇に来る。

貴部隊の過去の研究ならびに研究の成果、それに伴う資材、一切合財を完璧にこの地球上から永久に抹殺・消滅・証拠隠滅してください」と告げたと答えている。

施設は破壊し尽くされ、400人を超える人体実験のため収容されていた中国人らは全員が毒ガスで殺され、焼いた灰は川に流された。石井ら幹部は特別列車で逃げ帰り、実験資料を金沢市に保管、千葉の石井の実家にも分散して隠し持っていた。

戦後はシベリア抑留で、旧ソ連ハバロフスク特別第45収容所に収容される。

引き上げ後は商社で活躍。井出孫六(直木賞作家)著『終わりなき旅 「中国残留孤児」の歴史と現在 』でのインタビューでは満蒙開拓に関して訊かれ「満州で日本人のやったことは強盗と同じことです。強盗の子を引きとって、残留孤児の養父母たちは、今日まで養ってくれたのです。

残留孤児問題を中曽根康弘首相は全力をあげて解決しなければいけません」と語っている。
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