日本の光 典型的完済人 - 多加人
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/08/25 11:46 投稿番号: [1185 / 1344]
歌手活動
1971年に京都レコード(現在はTBS系の日音に版権を売却し音楽事業から撤退)から『娼婦和子』でレコードデビューするが、刺激的かつ退廃的、「現在の日本国において娼婦などという職業は存在しない」との理由で程なく発売禁止、廃盤となる。
コンサートになると、極度の重圧から自律神経失調症や重度の胃腸炎やノイローゼになり、かつてコンサートでアンコールの緞帳が下りたとき意識を失い、生死をさまよったことがある。
また、客席をまともに見るのが怖いため、ステージに立つときは必ずサングラスをかけている。トークのときにステージの端から端までウロウロするのはサービスや演出ではなく、精神的に落ち着かないからである。
味の素激昂事件
1992年、テレビ朝日の深夜番組『M10』(マグニチュードテン)に出演したときに、番組エンディングのいわゆる「料理コーナー」で、スタジオに「味の素がない」という理由でプロデューサー等のスタッフや助手を務めていた服部栄養専門学校の生徒を「どこじゃー!!」と連呼しながら、自暴自棄の状態で殴り、スタジオのセットを次々に破壊する事件があった。
その直後、共演のトミーズ雅が「味の素を入れたとしましょう」と、軌道修正を図るコメントをしたところさらに怒り、最終的には「こんな腐った番組辞めたらぁ」と生本番中に帰った。
東京キー局や地方局でも普段通り機関銃の如くしゃべっているが、放送できない内容が多すぎるため、オンエアではほとんどカットされている。
あまりのストレスからノイローゼになり、東京のラジオの生放送中に倒れて救急車で運ばれるということもあった。
名誉毀損裁判・勧告
自身が尊敬する横山やすしと上岡龍太郎の様に芸には厳しく短気な性格で、自己主張や熱弁などがかなり激しい面から、ついには裁判沙汰・警察沙汰になるというケースも生じている。
これは メッセージ 1184 (thirteen_satan さん)への返信です.
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