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大韓民国小学校国史

投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2008/04/25 22:03 投稿番号: [99032 / 230347]
  独立軍の活動について理解しよう。



  独立運動は様々な形で表れ、満州では、独立軍の活動が際立った。満州と沿海州地方は、日本人から土地を奪われ、強制的に移住させられたわが国の貧しい農民が集まって住んでいた所であった。彼らの中には、独立運動のために祖国を後にした人々も多かった。

  したがって、満州や沿海州の韓国人村は、自然に抗日独立運動の根拠地になった。国を奪われた頃、国内で激しく抗っていた義兵たちは、たいがい満州や沿海州に移り日本軍と戦い続けていた。3・1運動以後、彼らはより体系的な組織を整え、軍事学校を設立し、国内から大志を抱き脱出してきた青年たちを勇猛な独立軍兵士に育てた。

  これら独立軍は、あちこちで日本軍を痛快に全滅させた。その中でも、鳳梧洞の戦闘と青山里の大勝は特に有名である。早くから義兵長として国内で大きく活躍していた洪範道は満州に所を移し、大韓独立軍を組織し鳳梧洞で日本軍1個大隊を殲滅させた。青山里の大勝は、わが独立軍の活動の中でも一番光輝く大きな勝利であった。

  日本軍は、鳳梧洞の敗北の報復をしようと満州に大規模な軍隊を出動させた。この時、独立軍を指揮していた金佐鎭は、日本軍を青山里渓谷に引き込んだ。そして、2千8百数名の独立軍は総勢5万名余りにもなる日本軍を包囲し険しい山道をすばやく移動しながら攻撃し、3千3百名余りの日本軍を射殺し、負傷させた。青山里の大勝は、実にわが民族の意気をよく表した独立闘争であった。

  研究

  満州や沿海州一帯が、独立軍の根拠地になっていたわけについて理解しよう。

  独立運動は、3・1運動の以後も国の内外で続いた。尹奉吉義士のように自分の体を犠牲にし民族を救おうとした人々が相次いで義挙を起こした。一方、国内でも日本に抵抗し民族の独立を目指そうとする動きがしぶとく続いた。

  あちこちで万歳独立示威運動を展開したり、民族文化を守ろうとする動きが起きた。また、農村啓蒙運動を通して農村の人々に民族の魂を目覚めさせもした。このように、国の内外で民族が力を合わせ日本の侵略に抵抗したため、最終的に光復の日を迎えることができたのである。

  研究

  学者、宗教指導者、教師たちは、日本に対抗しどのような独立運動をしたのかについて理解しよう。

     学    習    整    理

1.日本帝国主義はわが国の主権を奪い、わが民族を過酷に弾圧した。

  (1) 朝鮮総督府は、わが国を武力で統治した。

  (2) 日帝は我等の財産をやたらに奪った。

  (3) 日帝は、わが民族の生活の基盤や精神までをも奪おうとした。

2.わが民族は日本帝国主義の侵略に屈せず頻繁に独立の意志を見せた。

  (1) 3・1運動は民族が団結して起こした独立運動であった。

  (2) 3・1運動以後、独立運動を続けるため臨時政府を樹立した。

3.民族の独立運動は国の内外で、様々な方法で展開された。

  (1) 海外では、独立運動のための武力闘争が続けられた。

  (2) 国内では、民族精神を培う運動が展開された。
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