torunedo2005さんへ
投稿者: yoikowaruiko356 投稿日時: 2005/07/08 19:48 投稿番号: [9803 / 230347]
水に流す、という意味に拘っているようですが、私は日本国が「戦争責任を水に流した」とは言ってませんよ。
国家としての責任は十分かどうかは分かりませんがある程度果たしている、と言っていいと思います。
貴方は無責任と水に流すことは関連しないとお考えなのですね。
>>>日本人が戦争を忘れたでしょうか?
>>私から見るとほとんどの国民は戦争の加害行為について考えている人は少ないのではないか、と・・・
もちろん、完全に戦争を忘れるという事はありえませんが、日本人の一般的な認識がどんどんその方向に進んでいるように思えます。
>加害行為の無い戦争というのはありえないでしょ。戦争は殺し合いなんですから。
?何を仰りたいのか、、?
話の焦点がずれているように思えます。
私は日本人が総体的に加害者意識が希薄だし、忘れはじめている、と言っています。
また、広島、長崎などの被害の面でもあまり世論の盛り上がりがなく、例年の儀式、のような感覚でいるのではないか、と思えます。原爆投下による米国への批判や反論も
盛り上がってませんね。
こちらも忘れかけている、と思います。
>>私が言いたかったのは、日本人は相手の罪も、自分の罪も、すべてなかったことにする(水に流す、忘れる)ことによって仲直りをしようとする傾向が強いのではないか、と
>これが一番問題。
なかったことにするって感覚が、どこからきたんだろうと。
これは日本人全体の問題で、私一人の思い付きではないですね。みんなで考えなければならない問題でしょう。
>日本がなかったことにしましたかね?
責任いっぱい背負ってきたでしょ?
又ちょっと誤解があるようです。
私は確かに戦争の総括問題からこの話になりましたが、戦争だけを対象にして話をしたのではありません。日本人の性格として何事に対してもそうではないか、という問題提起です。戦争に関しては上記したとおりです。
もっと詳しく言えば、国内による総括をするべきだ、指導層の責任を明確にするべきだ、という国民側の要望がほとんどなかったように見える事が、水に流す、忘れるという性格が出ているのかも、と思う訳です。
日本人自身の手による戦争の総括があって、はじめて今後の指導者と国民との関係がどう有るべきか、が見えてくるのではないかと思います。
それがないままずるずると戦前の「指導層と国民」の関係が尾を引いて、戦後の新たな日本のあり方が明確に認識できないままになっている、と思います。
対外的な日本の責任問題と、国内における総括とは、全く違う問題です。
どうも誤解なさっているようです。
水に流す文化と、切腹、獄門などの関連性がまだわかりません。
国家としての責任は十分かどうかは分かりませんがある程度果たしている、と言っていいと思います。
貴方は無責任と水に流すことは関連しないとお考えなのですね。
>>>日本人が戦争を忘れたでしょうか?
>>私から見るとほとんどの国民は戦争の加害行為について考えている人は少ないのではないか、と・・・
もちろん、完全に戦争を忘れるという事はありえませんが、日本人の一般的な認識がどんどんその方向に進んでいるように思えます。
>加害行為の無い戦争というのはありえないでしょ。戦争は殺し合いなんですから。
?何を仰りたいのか、、?
話の焦点がずれているように思えます。
私は日本人が総体的に加害者意識が希薄だし、忘れはじめている、と言っています。
また、広島、長崎などの被害の面でもあまり世論の盛り上がりがなく、例年の儀式、のような感覚でいるのではないか、と思えます。原爆投下による米国への批判や反論も
盛り上がってませんね。
こちらも忘れかけている、と思います。
>>私が言いたかったのは、日本人は相手の罪も、自分の罪も、すべてなかったことにする(水に流す、忘れる)ことによって仲直りをしようとする傾向が強いのではないか、と
>これが一番問題。
なかったことにするって感覚が、どこからきたんだろうと。
これは日本人全体の問題で、私一人の思い付きではないですね。みんなで考えなければならない問題でしょう。
>日本がなかったことにしましたかね?
責任いっぱい背負ってきたでしょ?
又ちょっと誤解があるようです。
私は確かに戦争の総括問題からこの話になりましたが、戦争だけを対象にして話をしたのではありません。日本人の性格として何事に対してもそうではないか、という問題提起です。戦争に関しては上記したとおりです。
もっと詳しく言えば、国内による総括をするべきだ、指導層の責任を明確にするべきだ、という国民側の要望がほとんどなかったように見える事が、水に流す、忘れるという性格が出ているのかも、と思う訳です。
日本人自身の手による戦争の総括があって、はじめて今後の指導者と国民との関係がどう有るべきか、が見えてくるのではないかと思います。
それがないままずるずると戦前の「指導層と国民」の関係が尾を引いて、戦後の新たな日本のあり方が明確に認識できないままになっている、と思います。
対外的な日本の責任問題と、国内における総括とは、全く違う問題です。
どうも誤解なさっているようです。
水に流す文化と、切腹、獄門などの関連性がまだわかりません。
これは メッセージ 9780 (torunedo2005 さん)への返信です.
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