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日本の起源はウリナラ

投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2008/04/15 19:25 投稿番号: [97834 / 230347]
「   文化伝播

  三国時代には、文物交流ど交易が活発に行なわれた。三国は大陸から中国文化を受け入れ、独自の文化を作り上げ、その発達した三国文化は日本へ伝えられ、日本の古代文化の発達に大きな影響を与えた。百済は日本と政治的に緊密な関係を維持したため、三国の中で、もっとも日本文化に大きな影響を与えた。阿直記と王仁は日本に渡って漢文、論語、千字文を伝え、段陽爾と高安茂などは漢学と儒学を日本に伝え、政治思想と忠孝思想を広めた。聖王(在位523-554年)のときには仏教を伝え、そのほかに天文・地理・易法などの科学技術も伝えた。

  高句麗も、多くの文化を日本へ伝えた。憎侶の慧慈は日本の聖徳太子の先生となり曇徴は紙、墨、硯を作る技術を教え、法隆寺の金堂壁画も彼の作品だといわれている。日本の高松塚古墳壁画は、高句麗の影響を受けたものである。新羅は船を造る技術、堤防と城郭を積む技術を伝えたし、伽耶は土器を作る技術を日本に伝えた。このように三国は発達した文化を日本に伝え、日本古代の飛鳥文化の発達に影響を与えた。」

  以上韓国:中学校『国史』より引用


  ≪日本の文化はほとんどが、わが先祖が伝授したものです。聖徳太子の先生は我が同胞のご先祖です≫

・憎侶の慧慈は日本の聖徳太子の先生となり曇徴は紙、墨、硯を作る技術を教え、法隆寺の金堂壁画も彼の作品だといわれている。

・現存の世界最大の木造建物である東大寺大仏殿は8世紀中盤に百済の移住民が建てた寺です。聖武天皇の要請で良弁和尚が寺の場所を提供して、当時布教活動を始めていた行基和尚が信徒を動員して仏事を始めました。

・農業のやり方や鉄を扱う技術、機の織り方など、新羅の優秀な文化が伝わって、日本文化の根幹になりました。

・錦鯉の起源は日本ではなく、我が国 に求めなければならない。歴史を見れば、池を作る技術が 百済から日本に渡ったし、漢江で黄色の鯉が発見されて国に良いことがあるはずだという 内容などの多様な故事が伝来されているのを見ても 錦鯉の起こりは我が国 からだと思われる

・紙が発明されるやいなや、人々は紙を折り始めたと思われます。 中国の折り紙が3国のうちで最も古いと考えられています。 日本は高句麗時代に韓国の僧、曇徴から紙の作り方を学びました。


  これが世界標準の歴史です、日本の文化は大韓民国から伝わったものです。正しい歴史を勉強しなおしましょう。剣道も起原は韓国らしいです。←調査中
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