責任を感じてるから水に流す
投稿者: sadatajp 投稿日時: 2005/07/06 00:32 投稿番号: [9730 / 230347]
個人を責める習慣がなくなったのは最近でしょう。
ただ個人を責める事が少なかったのも確かだとは思います。
何故個人を責める事が少なかったのかと言えば、
責められる当人が自身の責任を自ら認めたから。
また周囲も「自分にも責任がある」と自身を責める事もしたから。
だからそう責めたてる必要がなかった。
必要以上の責任を進んで背負んでたのが以前の日本です。
末端社員の不祥事で社長や重役が責任を取るなんてのがそれ。
今はもう変わってしまったけど。
だけどそれが逆に責任の所在をわからなくしてしまった面はあると思います。
末端の社員の責任を社長が取ってしまうので
末端の社員の落ち度が追求されなくなってしまう。
>それらについても全て過去のことは「水に流して」忘れる文化を持っていることと
>無責任体制とは互いに背中合わせになっている一対のユニークな日本の特徴なのでしょうか。
これは無責任だからでなく、自分にも落ち度があると思うからです。
ソ連侵攻は読み違えた日本も悪い。
東京空襲、広島、長崎への原爆投下も戦争してた日本にも責任はある。
こう考えるから水に流しましょうともなるのです。千島列島は水に流してないけど。
何の落ち度も無くやられたら流石に簡単には水に流しませんよ。
それにしても、相手が死んでしまえば、
それ以上はどうしようもないと考えて諦め水に流す。
必要以上の責任を負おうとしてしまうのが日本ですよ。
日本だったのです。なんですかね。
これがわからなくなる程に日本人は変わってしまったのでしょうか。。。
これは メッセージ 9724 (yoikowaruiko356 さん)への返信です.
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