「文化財保護がお粗末なのは親日派のせい」
投稿者: toriaezuitteokou 投稿日時: 2008/02/21 10:58 投稿番号: [91284 / 230347]
http://www.idomin.com/news/photo/200802/245146_190743_442.jpg
このモンゴル顔の朝鮮人おばさんが
韓国の文化財保護が話しにならないのは、
【長い間の日帝支配、戦後の解放、米軍政、軍事独裁、そして民主化…. 激動期の中で、民族を裏切った勢力が歴史の罰を受けいたならば,そうやって、歴史を正すことをやっていたら、私たちの文化財は、そんな冷遇を受けることはなかった。 】
【しかし、権力を掌握した親日残滓と、これに連なる独裁権力にとっては、私たちの文化なんかは重要ではなかった】
要するに、悪いのは、自分達ではございませんと、言ってますww
放火犯から政府、李明博、盧武鉉、記者に至るまで、何から何まで、悪いのは、全部、ひとのせいwwwww
日本人には必ず完敗し、一回も独立のために戦ったこともなく、いつもいつも外国に泣きつき、日本に併合して下さいと頼んだのも、ソ連とアメリカに国土を半分分けにされたのも、朝鮮人がそれをボンヤリ眺めてたのも・・・
全部、ひとのせいw
>文化財を粗末に扱う根本背景は
慶南道民日報
崇礼門火災以後のマスコミ報道を見ると、数年前に文化財に関する記事を担当したときのことを思い出す。
当時も文化財は発掘記事中心だった。「史上最大」「史上最高」という修飾語さえ入っていれば、まずは文化財記事としての要件は揃っているものとして扱われた。しかし、それだけだった。大々的に報道されてもちょっと世間の注目を集めるだけで、その後は冷遇されるのが常だった。
訪れた現場は、どこも暗鬱たるものだった。
屋外の文化財の事情は一層悪かった。山腹にある城跡には立て札が一つかろうじて立っているだけで、どこからどこまでが城跡なのかも分らない。
もっと残念なのは内容が分かりにくいという点だった。
特に、びっしりと漢文が刻まれた碑文を見て、「内容を解説しておけばいっそう文化財の価値が輝くはずなのに」と思ったことは一度や二度ではなかった。一部専門家の助けも借りたが、納得ゆくまでにはならなかった。
あの時から今までにも、たまに文化財は関心を呼び、あちこちで毀損され、火災に遭った。崇礼門火災が起こると、我が地域の記者たちも慶尚南道の文化財を訪ね回った。
数年前の当時と今とで文化財が粗末に扱われている状況に変わりはなかった。
哀痛と驚きは、余りにも多くの人が指摘したから重言復言する必要は無いだろう。ただ、過去も、そして今も変らず抱いている疑問がある。無残な姿をさらす崇礼門に向かって「間違っていた」「思いやりが無かった」と言って反省しているが、私たちはどうして、そのように文化財に対して思いやりが無かったのだろう
か。
今でも開発現場では、瓦屋根一つでも守ろうとする文化財保護と、こんな瓦屋根の何が重要なのかと言う地域住民との間の摩擦が少なくない。
なぜだろう。
私たちの民族が他民族より劣るからか?
違うだろう。
私たちの歴史的な背景影響が大きいと見る。
長い間の日帝支配,戦後の解放,米軍政,軍事独裁,そして民主化…. 激動期の中で、民族を裏切った勢力が歴史の罰を受けいたならば,そうやって、歴史を正すことをやっていたら、私たちの文化財は、そんな冷遇を受けることはなかった。
私たちの文化を中心に置いて,確実に発展をすることもできた。
しかし、権力を掌握した親日残滓と、これに連なる独裁権力にとっては、私たちの文化なんかは重要ではなかった。
生きてゆかねばならないという当時の現実的事情があったにせよ人々はこれを開発論理として十分に活用し、文化は後回しにしたのだ。
為政者の責任が大きいという意味だ。
人に見せる時はしっかりやっても、人が見ていないときはやらないからだ。防災庁の過ちだけではない。根本を改め直そうとする努力が不足しているためなのだ。
だから知りたいのだ。今の過熱世論が冷えた後も、文化財に対する関心が続いて制度的な補完がなされ、国家的な予算が組まれてシステムが用意されるのだろうか。楽観は難しい。
今の政治状況では特にだ。国宝火災を前に国民からの募金から挙論する次期大統領の文化マインドと、値段は後から何とかしようというブルドーザー精神、そして道徳不感症にかかった李明博政権の業務引継委員会の歩みを見ていれば、楽観するほうがむしろ変だ。下からの意識改革運動が持続的に長年続たとしても可能かどうか覚束ない。<
http://www.idomin.com/news/articleView.html?idxno=245146
このモンゴル顔の朝鮮人おばさんが
韓国の文化財保護が話しにならないのは、
【長い間の日帝支配、戦後の解放、米軍政、軍事独裁、そして民主化…. 激動期の中で、民族を裏切った勢力が歴史の罰を受けいたならば,そうやって、歴史を正すことをやっていたら、私たちの文化財は、そんな冷遇を受けることはなかった。 】
【しかし、権力を掌握した親日残滓と、これに連なる独裁権力にとっては、私たちの文化なんかは重要ではなかった】
要するに、悪いのは、自分達ではございませんと、言ってますww
放火犯から政府、李明博、盧武鉉、記者に至るまで、何から何まで、悪いのは、全部、ひとのせいwwwww
日本人には必ず完敗し、一回も独立のために戦ったこともなく、いつもいつも外国に泣きつき、日本に併合して下さいと頼んだのも、ソ連とアメリカに国土を半分分けにされたのも、朝鮮人がそれをボンヤリ眺めてたのも・・・
全部、ひとのせいw
>文化財を粗末に扱う根本背景は
慶南道民日報
崇礼門火災以後のマスコミ報道を見ると、数年前に文化財に関する記事を担当したときのことを思い出す。
当時も文化財は発掘記事中心だった。「史上最大」「史上最高」という修飾語さえ入っていれば、まずは文化財記事としての要件は揃っているものとして扱われた。しかし、それだけだった。大々的に報道されてもちょっと世間の注目を集めるだけで、その後は冷遇されるのが常だった。
訪れた現場は、どこも暗鬱たるものだった。
屋外の文化財の事情は一層悪かった。山腹にある城跡には立て札が一つかろうじて立っているだけで、どこからどこまでが城跡なのかも分らない。
もっと残念なのは内容が分かりにくいという点だった。
特に、びっしりと漢文が刻まれた碑文を見て、「内容を解説しておけばいっそう文化財の価値が輝くはずなのに」と思ったことは一度や二度ではなかった。一部専門家の助けも借りたが、納得ゆくまでにはならなかった。
あの時から今までにも、たまに文化財は関心を呼び、あちこちで毀損され、火災に遭った。崇礼門火災が起こると、我が地域の記者たちも慶尚南道の文化財を訪ね回った。
数年前の当時と今とで文化財が粗末に扱われている状況に変わりはなかった。
哀痛と驚きは、余りにも多くの人が指摘したから重言復言する必要は無いだろう。ただ、過去も、そして今も変らず抱いている疑問がある。無残な姿をさらす崇礼門に向かって「間違っていた」「思いやりが無かった」と言って反省しているが、私たちはどうして、そのように文化財に対して思いやりが無かったのだろう
か。
今でも開発現場では、瓦屋根一つでも守ろうとする文化財保護と、こんな瓦屋根の何が重要なのかと言う地域住民との間の摩擦が少なくない。
なぜだろう。
私たちの民族が他民族より劣るからか?
違うだろう。
私たちの歴史的な背景影響が大きいと見る。
長い間の日帝支配,戦後の解放,米軍政,軍事独裁,そして民主化…. 激動期の中で、民族を裏切った勢力が歴史の罰を受けいたならば,そうやって、歴史を正すことをやっていたら、私たちの文化財は、そんな冷遇を受けることはなかった。
私たちの文化を中心に置いて,確実に発展をすることもできた。
しかし、権力を掌握した親日残滓と、これに連なる独裁権力にとっては、私たちの文化なんかは重要ではなかった。
生きてゆかねばならないという当時の現実的事情があったにせよ人々はこれを開発論理として十分に活用し、文化は後回しにしたのだ。
為政者の責任が大きいという意味だ。
人に見せる時はしっかりやっても、人が見ていないときはやらないからだ。防災庁の過ちだけではない。根本を改め直そうとする努力が不足しているためなのだ。
だから知りたいのだ。今の過熱世論が冷えた後も、文化財に対する関心が続いて制度的な補完がなされ、国家的な予算が組まれてシステムが用意されるのだろうか。楽観は難しい。
今の政治状況では特にだ。国宝火災を前に国民からの募金から挙論する次期大統領の文化マインドと、値段は後から何とかしようというブルドーザー精神、そして道徳不感症にかかった李明博政権の業務引継委員会の歩みを見ていれば、楽観するほうがむしろ変だ。下からの意識改革運動が持続的に長年続たとしても可能かどうか覚束ない。<
http://www.idomin.com/news/articleView.html?idxno=245146
これは メッセージ 1 (the_rich_and_smooth さん)への返信です.
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