天皇家問題 1
投稿者: ywnpn069 投稿日時: 2008/02/05 06:00 投稿番号: [88983 / 230347]
天皇陛下のお言葉と韓国報道のギャップ
お誕生日に際しての記者会見中の天皇陛下
お誕生日を前に2001年12月18日 宮殿 石橋の間において、天皇陛下は記者会見された。
ワールドカップサッカーが両国で共同開催されることについて、記者より、韓国についての思いを問われた。
問答の全文
問
世界的なイベントであるサッカーのワールドカップが来年,日本と韓国の共同開催で行われます。開催が近づくにつれ,両国の市民レベルの交流も活発化していますが,歴史的,地理的にも近い国である韓国に対し,陛下が持っておられる関心,思いなどをお聞かせください。
答
日本と韓国との人々の間には,古くから深い交流があったことは,日本書紀などに詳しく記されています。韓国から移住した人々や,招へいされた人々によって,様々な文化や技術が伝えられました。宮内庁楽部の楽師の中には,当時の移住者の子孫で,代々楽師を務め,今も折々に雅楽を演奏している人があります。こうした文化や技術が,日本の人々の熱意と韓国の人々の友好的態度によって日本にもたらされたことは,幸いなことだったと思います。日本のその後の発展に,大きく寄与したことと思っています。私自身としては,桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると,続日本紀に記されていることに,韓国とのゆかりを感じています。武寧王は日本との関係が深く,この時以来,日本に五経博士が代々招へいされるようになりました。また,武寧王の子,聖明王は,日本に仏教を伝えたことで知られております。
しかし,残念なことに,韓国との交流は,このような交流ばかりではありませんでした。このことを,私どもは忘れてはならないと思います。
ワールドカップを控え,両国民の交流が盛んになってきていますが,それが良い方向に向かうためには,両国の人々が,それぞれの国が歩んできた道を,個々の出来事において正確に知ることに努め,個人個人として,互いの立場を理解していくことが大切と考えます。ワールドカップが両国民の協力により滞りなく行われ,このことを通して,両国民の間に理解と信頼感が深まることを願っております。
天皇陛下のお言葉の要点
天皇陛下のお答えの要約は以下の5つである。
1.日本と韓国との人々の間には,古くから深い交流があった。韓国から様々な文化や技術が伝えらたことは、日本のその後の発展に,大きく寄与した。
2.桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると,続日本紀に記されていることに,韓国とのゆかりを感じている。
3.韓国との交流は、良いことばかりではなく、残念なことがあったことも 忘れてはならない。
4.今後、良い方向に向かうためには,両国民が,お互いの歴史を正確に知ることに努め,互いの立場を理解していくことが大切。
5.ワールドカップで両国民の間に理解と信頼感が深まることを願う。
さて、天皇陛下が日韓両国国民に一番伝えたかったことは、4.5.であることがわかる。
有難いお言葉である。
天皇陛下は「日韓両国民が、お互いの立場を理解し合い、信頼感が深まるのを願っているのである。」
韓国での報道
このお言葉を受け、韓国の各新聞社は、一面で報道した。
中央日報 2001年12月24日
明仁天皇のこのよ、うな発言は、来年ソウルで行われるワールドカップの開会式に出席できない代りに、韓国国民に送る友好のメッセージとして受け入れられている。
天皇が日本の皇室の「百済起源説」について触れたのは、これが初めてのことで注目を浴びている。
朝鮮日報 2001年12月14日
現在125代目の王である今上日王(明仁)が、「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫」という「続日本紀」の記録を引用、日本の王室に韓国の血が流れていることに触れたことで、これまで韓国の血を拒否し沈黙してきた王室のルーツをはっきりと示すことになった。すでに6から7世紀、日本の大和朝廷時代に百済との密接な交流により、日本の王室に韓国の血が流れている可能性は高い。(中略)王室に韓国の血が流れていることへの拒否感を感じるためか、日本の学者は蘇我氏が百済系であることを隠しているが、今後この是非をめぐつて議論すべさことだろう。
東亜日報 2001年12月25日
最初に日本を支配した天皇は、百済人の末裔である十五代・応神天皇(四世紀)と仁徳天皇(五世紀)であった。(中略)6世紀に百済の武寧王の弟が二十六代・継体天皇になった以後、百済の王族が7世紀末まで即位した。(中略)33代・准古天皇(6世紀末から7世紀初)は、百済の王族の純粋な系統を引く日本最初の正式な女王である。その夫・敏達天皇(6世紀)も百済人王族である。
お誕生日に際しての記者会見中の天皇陛下
お誕生日を前に2001年12月18日 宮殿 石橋の間において、天皇陛下は記者会見された。
ワールドカップサッカーが両国で共同開催されることについて、記者より、韓国についての思いを問われた。
問答の全文
問
世界的なイベントであるサッカーのワールドカップが来年,日本と韓国の共同開催で行われます。開催が近づくにつれ,両国の市民レベルの交流も活発化していますが,歴史的,地理的にも近い国である韓国に対し,陛下が持っておられる関心,思いなどをお聞かせください。
答
日本と韓国との人々の間には,古くから深い交流があったことは,日本書紀などに詳しく記されています。韓国から移住した人々や,招へいされた人々によって,様々な文化や技術が伝えられました。宮内庁楽部の楽師の中には,当時の移住者の子孫で,代々楽師を務め,今も折々に雅楽を演奏している人があります。こうした文化や技術が,日本の人々の熱意と韓国の人々の友好的態度によって日本にもたらされたことは,幸いなことだったと思います。日本のその後の発展に,大きく寄与したことと思っています。私自身としては,桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると,続日本紀に記されていることに,韓国とのゆかりを感じています。武寧王は日本との関係が深く,この時以来,日本に五経博士が代々招へいされるようになりました。また,武寧王の子,聖明王は,日本に仏教を伝えたことで知られております。
しかし,残念なことに,韓国との交流は,このような交流ばかりではありませんでした。このことを,私どもは忘れてはならないと思います。
ワールドカップを控え,両国民の交流が盛んになってきていますが,それが良い方向に向かうためには,両国の人々が,それぞれの国が歩んできた道を,個々の出来事において正確に知ることに努め,個人個人として,互いの立場を理解していくことが大切と考えます。ワールドカップが両国民の協力により滞りなく行われ,このことを通して,両国民の間に理解と信頼感が深まることを願っております。
天皇陛下のお言葉の要点
天皇陛下のお答えの要約は以下の5つである。
1.日本と韓国との人々の間には,古くから深い交流があった。韓国から様々な文化や技術が伝えらたことは、日本のその後の発展に,大きく寄与した。
2.桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると,続日本紀に記されていることに,韓国とのゆかりを感じている。
3.韓国との交流は、良いことばかりではなく、残念なことがあったことも 忘れてはならない。
4.今後、良い方向に向かうためには,両国民が,お互いの歴史を正確に知ることに努め,互いの立場を理解していくことが大切。
5.ワールドカップで両国民の間に理解と信頼感が深まることを願う。
さて、天皇陛下が日韓両国国民に一番伝えたかったことは、4.5.であることがわかる。
有難いお言葉である。
天皇陛下は「日韓両国民が、お互いの立場を理解し合い、信頼感が深まるのを願っているのである。」
韓国での報道
このお言葉を受け、韓国の各新聞社は、一面で報道した。
中央日報 2001年12月24日
明仁天皇のこのよ、うな発言は、来年ソウルで行われるワールドカップの開会式に出席できない代りに、韓国国民に送る友好のメッセージとして受け入れられている。
天皇が日本の皇室の「百済起源説」について触れたのは、これが初めてのことで注目を浴びている。
朝鮮日報 2001年12月14日
現在125代目の王である今上日王(明仁)が、「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫」という「続日本紀」の記録を引用、日本の王室に韓国の血が流れていることに触れたことで、これまで韓国の血を拒否し沈黙してきた王室のルーツをはっきりと示すことになった。すでに6から7世紀、日本の大和朝廷時代に百済との密接な交流により、日本の王室に韓国の血が流れている可能性は高い。(中略)王室に韓国の血が流れていることへの拒否感を感じるためか、日本の学者は蘇我氏が百済系であることを隠しているが、今後この是非をめぐつて議論すべさことだろう。
東亜日報 2001年12月25日
最初に日本を支配した天皇は、百済人の末裔である十五代・応神天皇(四世紀)と仁徳天皇(五世紀)であった。(中略)6世紀に百済の武寧王の弟が二十六代・継体天皇になった以後、百済の王族が7世紀末まで即位した。(中略)33代・准古天皇(6世紀末から7世紀初)は、百済の王族の純粋な系統を引く日本最初の正式な女王である。その夫・敏達天皇(6世紀)も百済人王族である。
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