Re: 世界はバカではない
投稿者: asianrobo 投稿日時: 2008/01/26 22:56 投稿番号: [87646 / 230347]
>稼げたというなら、証明するのはそちらの方さ。
ビルマのミートキーナでの、アメリカ軍による日本人および韓国人慰安婦への尋問記録、「Japanese POW Interrogation Report No. 49.」より
前書き
このレポートはビルマ、ミーチーナ陥落後1944年8月10日前後の、掃討作戦により捕らえられた、20人の韓国人「慰安婦」と、2人の日本民間人の取調べから得られた情報である。
<<中略>>
住居と仕事の状況:
ミーチーナで彼女らは大抵大きな2階建ての建物を宿舎として与えられ(大抵は校舎)、各女性に個別の部屋が割り当てられ、各々の女性は生活し、睡眠をとり、業務に勤めた。
ミーチーナでは彼女らの食事は、日本陸軍からの配給が無い為、舎監によって、準備されそして購入していた。彼女らはビルマの他の所と比べて高級地近くに住んでいた。この事は彼らのビルマ2年目では特にそうである。彼らは贅沢に暮らした、それは彼女らの食事や物質は大量には配給されず、彼女らが望む品物を買えるだけの十分なお金を持っていたからである。彼女らは服、靴、タバコ、そして化粧品を買え、実家から慰問袋を受け取った多くの軍人から、多くのプレゼントを貰っていた。
ビルマに留まっている間は将兵と共に、スポーツイベントに参加したり、ピクニックに出席したり、娯楽、社交ディナー等で彼女ら自身楽しんだ。彼女らは蓄音機も持ち、町の中では買い物に行くことも許された。
優先システム:
彼女らの業務状態は陸軍規定の元にあり、過密地域では規則は厳格に実施された。陸軍は過密地域では金額、優先順位、各種の部隊が過密して働いてる地域での計画が必要だと考えた。取調べによると、平均的なシステムは以下の通り。
1 兵士 AM10:00〜PM5:00 1.50円 20〜30分
2 NCOS PM5:00〜PM9:00 3.00円 30〜40分
3 将校 PM9:00〜PM12:00 5.00円 30〜40分
これらは中央ビルマでの平均金額である。将校は12円で一晩留まる事が許された。
ミーチーナではマルヤマ大佐が平均金額のほぼ半分まで金額を削減させた。
<<中略>>
給料と居住状況:
「舎監」は彼女達が契約した時に被った債務金額に次第で彼女らの総収入の50〜60%を受け取る。これによると、月平均で女性は1500円を総収益をあげ、彼女は750円を「マスター」に返済する事になる。多くの「マスター」は食事や品物に高値を付け、彼女らの生活を困難なものにした。
1943年後半、陸軍は債務を返済した女性へ帰省を命令し、何人かの女性は寄って、韓国へと帰国した。
原文
http://www.exordio.com/1939-1945/codex/Documentos/report-49-USA-orig.html
聞いたままをレポートしただけの物のようだから、一部前後でおかしな部分はあるが、慰安婦がどういう生活を送っていたかよくわかるわな。
次、毎日新聞 1992年5月22日の記事
第二次世界大戦中『従軍慰安婦』として
強制連行されたミャンマー(旧ビルマ)で預けた軍事貯金の支払いを求めていた
韓国・大邸市在住の文(ムン)玉珠(オクス)さん(68歳)が11日、山口県下関市の下関郵便局を訪れ、預けた貯金の原簿があったことが分かった。(中略)
当時「日本人として貯金した個人のお金だから直ちに返して」と訴えている。(中略)
原簿によると43年6月から45年9月まで12回の貯金の記録があり残高は26,145円となっている。
稼げてますが何か?
ビルマのミートキーナでの、アメリカ軍による日本人および韓国人慰安婦への尋問記録、「Japanese POW Interrogation Report No. 49.」より
前書き
このレポートはビルマ、ミーチーナ陥落後1944年8月10日前後の、掃討作戦により捕らえられた、20人の韓国人「慰安婦」と、2人の日本民間人の取調べから得られた情報である。
<<中略>>
住居と仕事の状況:
ミーチーナで彼女らは大抵大きな2階建ての建物を宿舎として与えられ(大抵は校舎)、各女性に個別の部屋が割り当てられ、各々の女性は生活し、睡眠をとり、業務に勤めた。
ミーチーナでは彼女らの食事は、日本陸軍からの配給が無い為、舎監によって、準備されそして購入していた。彼女らはビルマの他の所と比べて高級地近くに住んでいた。この事は彼らのビルマ2年目では特にそうである。彼らは贅沢に暮らした、それは彼女らの食事や物質は大量には配給されず、彼女らが望む品物を買えるだけの十分なお金を持っていたからである。彼女らは服、靴、タバコ、そして化粧品を買え、実家から慰問袋を受け取った多くの軍人から、多くのプレゼントを貰っていた。
ビルマに留まっている間は将兵と共に、スポーツイベントに参加したり、ピクニックに出席したり、娯楽、社交ディナー等で彼女ら自身楽しんだ。彼女らは蓄音機も持ち、町の中では買い物に行くことも許された。
優先システム:
彼女らの業務状態は陸軍規定の元にあり、過密地域では規則は厳格に実施された。陸軍は過密地域では金額、優先順位、各種の部隊が過密して働いてる地域での計画が必要だと考えた。取調べによると、平均的なシステムは以下の通り。
1 兵士 AM10:00〜PM5:00 1.50円 20〜30分
2 NCOS PM5:00〜PM9:00 3.00円 30〜40分
3 将校 PM9:00〜PM12:00 5.00円 30〜40分
これらは中央ビルマでの平均金額である。将校は12円で一晩留まる事が許された。
ミーチーナではマルヤマ大佐が平均金額のほぼ半分まで金額を削減させた。
<<中略>>
給料と居住状況:
「舎監」は彼女達が契約した時に被った債務金額に次第で彼女らの総収入の50〜60%を受け取る。これによると、月平均で女性は1500円を総収益をあげ、彼女は750円を「マスター」に返済する事になる。多くの「マスター」は食事や品物に高値を付け、彼女らの生活を困難なものにした。
1943年後半、陸軍は債務を返済した女性へ帰省を命令し、何人かの女性は寄って、韓国へと帰国した。
原文
http://www.exordio.com/1939-1945/codex/Documentos/report-49-USA-orig.html
聞いたままをレポートしただけの物のようだから、一部前後でおかしな部分はあるが、慰安婦がどういう生活を送っていたかよくわかるわな。
次、毎日新聞 1992年5月22日の記事
第二次世界大戦中『従軍慰安婦』として
強制連行されたミャンマー(旧ビルマ)で預けた軍事貯金の支払いを求めていた
韓国・大邸市在住の文(ムン)玉珠(オクス)さん(68歳)が11日、山口県下関市の下関郵便局を訪れ、預けた貯金の原簿があったことが分かった。(中略)
当時「日本人として貯金した個人のお金だから直ちに返して」と訴えている。(中略)
原簿によると43年6月から45年9月まで12回の貯金の記録があり残高は26,145円となっている。
稼げてますが何か?
これは メッセージ 87631 (topics_jk さん)への返信です.
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