田舎もんの反論(1)
投稿者: qapla_jup 投稿日時: 2008/01/26 20:04 投稿番号: [87596 / 230347]
エルグさん、『総合的な考え』を言うならば、文化史・政治史・経済史くらいは
網羅しなくては?
昔私も投稿した様に、半島が世界初と考えられる発明もある事は認めています。
金属活字については、以前中国説がここのトピでありましたが、確定には
到ってないとも言う事も出来るかと思います。しかし、新たに分かった事実を
組み入れて認識を改めていくのが歴史学のみならず、学問です。
『東醫寶鑑』については、私が以前漢方薬屋でメシを食っていた経験から
>世界やアジアの医療に貢献した医学書
という評価は大袈裟、と申し上げた筈です。もちろん大著である事は確か
ですが、よく言えば試行錯誤、悪く言えば連綿と行なわれてきた人体実験
(注:当時の医学自体そんなモンです)の大系書で、その中には現在では
無意味な物も多く含まれます。実際生薬の薬理作用というものは、新種の
発見、又は品種改良がなければ大きく変わるものではなく、結局は複数の
生薬の組み合わせによる相乗作用に多くを依存、しかも患者の状態を見て
微調整を繰り返していくアプローチが採られます。よって
テキストとして優れている=画期的な医学書
ではありません。
参考までに『東醫寶鑑』の中に、何か現代でも現役の医学上の偉業や、
革命的な新薬が載っているのでしょうか?
「優秀な陶器」についても、商業ベースに乗るものではなかったでは
ないですか?芸術品としての見事さならば中国に軍配が上がりますし、
日本人が「侘び・さび」というマニアックな感性で珍重したジャンルは、
いまでこそ国際的に認知されましたが、当の朝鮮では理解されてません。
それに、伊万里焼・有田焼等は、ベースとして半島の技術が用いられ
ましたが、結局は日本人十八番の改良によって、極彩色の絵付けを生んだ
筈です。
>多数の朝鮮陶工を列島に強制・半強制に拉致して
と言われますが、当の陶工さん達は、知る限り高麗の時代から被差別階級
だった筈。では、半島史上有名な陶工を挙げる事が出来ますか?
私は以前、韓国KBSの『歴史スペシャル』という番組で、薩摩に連れて
来られた陶工さんが作ったという檀君廟の遺跡なるものを見て大笑いした
事があります。陶工さん達にではありません、檀君廟が本物として、「奴隷」
であった彼等に物を所有する事と、信仰の自由が許されていた事の矛盾が
おかしかったのです。
彼等の中からは、後に沈寿官という名を与えられた方や、いわゆるA級
戦犯だっていた事も、多分何度もここでは指摘されている筈です。
前にも言った覚えがありますが、当の陶工さん達は正当に技術を評価
され、故郷よりも幸せだったに違いない、と私は信じています。反論
なさるなら、祖国に逃げ帰った美談を出してきて下さい。
「鉄の技術」というのは、何の事か分かりませんので、ご説明下さい。
しかし日本刀を鍛造する技術が、ストレートに半島から来た訳ではない
事は確実かと思います。
(続く)
網羅しなくては?
昔私も投稿した様に、半島が世界初と考えられる発明もある事は認めています。
金属活字については、以前中国説がここのトピでありましたが、確定には
到ってないとも言う事も出来るかと思います。しかし、新たに分かった事実を
組み入れて認識を改めていくのが歴史学のみならず、学問です。
『東醫寶鑑』については、私が以前漢方薬屋でメシを食っていた経験から
>世界やアジアの医療に貢献した医学書
という評価は大袈裟、と申し上げた筈です。もちろん大著である事は確か
ですが、よく言えば試行錯誤、悪く言えば連綿と行なわれてきた人体実験
(注:当時の医学自体そんなモンです)の大系書で、その中には現在では
無意味な物も多く含まれます。実際生薬の薬理作用というものは、新種の
発見、又は品種改良がなければ大きく変わるものではなく、結局は複数の
生薬の組み合わせによる相乗作用に多くを依存、しかも患者の状態を見て
微調整を繰り返していくアプローチが採られます。よって
テキストとして優れている=画期的な医学書
ではありません。
参考までに『東醫寶鑑』の中に、何か現代でも現役の医学上の偉業や、
革命的な新薬が載っているのでしょうか?
「優秀な陶器」についても、商業ベースに乗るものではなかったでは
ないですか?芸術品としての見事さならば中国に軍配が上がりますし、
日本人が「侘び・さび」というマニアックな感性で珍重したジャンルは、
いまでこそ国際的に認知されましたが、当の朝鮮では理解されてません。
それに、伊万里焼・有田焼等は、ベースとして半島の技術が用いられ
ましたが、結局は日本人十八番の改良によって、極彩色の絵付けを生んだ
筈です。
>多数の朝鮮陶工を列島に強制・半強制に拉致して
と言われますが、当の陶工さん達は、知る限り高麗の時代から被差別階級
だった筈。では、半島史上有名な陶工を挙げる事が出来ますか?
私は以前、韓国KBSの『歴史スペシャル』という番組で、薩摩に連れて
来られた陶工さんが作ったという檀君廟の遺跡なるものを見て大笑いした
事があります。陶工さん達にではありません、檀君廟が本物として、「奴隷」
であった彼等に物を所有する事と、信仰の自由が許されていた事の矛盾が
おかしかったのです。
彼等の中からは、後に沈寿官という名を与えられた方や、いわゆるA級
戦犯だっていた事も、多分何度もここでは指摘されている筈です。
前にも言った覚えがありますが、当の陶工さん達は正当に技術を評価
され、故郷よりも幸せだったに違いない、と私は信じています。反論
なさるなら、祖国に逃げ帰った美談を出してきて下さい。
「鉄の技術」というのは、何の事か分かりませんので、ご説明下さい。
しかし日本刀を鍛造する技術が、ストレートに半島から来た訳ではない
事は確実かと思います。
(続く)
これは メッセージ 87521 (elgfare さん)への返信です.
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