韓日条約締結
投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2008/01/23 00:00 投稿番号: [87096 / 230347]
1965年の韓日条約締結に至る過程でも、日本政府側は、なるべく歴史的責任に深入りすることを避ける姿勢を取った。韓国政府の当局者、民衆の責任追及の要求に対して、『第二の李・完用といわれても韓日間の紐帯を強める事が重要と信ずる』と言い放った。そして、締結された日韓基本条約第二条の、『韓日間の1910年以前の条約・協定はもはや無効(already null and void)』という文言を、日本側では、『1948年8月15日の大韓民国樹立で無効になった』と解釈しているのに対し、韓国側では、『物理的強制によるものだから併合当初から無効だった』という意味だと説明した。
米日韓反共枢軸の枠組みの中での、韓日間の政治経済的関係の密接化にもかかわらず、その内実においてぎくしゃくしたものが残りつづけたのも、一つには、韓日体制の出発点においての、歴史認識の食い違いのためである。1982年の教科書問題も、こうした文脈の中で不可避的に起こったことである。『民族精神の一大発露である三・一運動をこともあろうに暴動とは!』という心情は、細かい議論をこえて一挙に噴出した。ただし、この世論の高揚過程は、政府の操作の枠内にあり、やがて、日本文部省が根本的に悔悟したとも見えない中で、政府間の外交的妥協が計られることになった。韓国政府は、その際国民に対して、『克日』の姿勢をと呼びかけた。
最も年間に何十万もの観光客が日本から韓国に行き、本質的なものを排除した枠組みのもとでのエスニック・ブームは、一見平和な情景を現出しているけれども、韓日民衆の心は、総じてはまだ互いの遠いところにあると言わざるをえない。むしろ、韓日を貫く支配体制をトータルに冷静に見据える両国民衆のクールな視点こそが、やがて韓日間の関係を真に友好的なものに変えていく可能性をはらんでいるのである。
これは メッセージ 87090 (ouka1gou2 さん)への返信です.
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