知日克日
投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2008/01/22 17:05 投稿番号: [87037 / 230347]
幼い時から読んできた歴史の本と偉人伝記(柳寛順,李舜臣)を通じて得た日本観は否定的だった。 ただ、日本は「悪い奴、歴史において返すべき借金のある国」だと感じていただけだった。日本の高度経済成長も大したことではないと格下げし、無条件に彼らを卑下した。 徐々にマスコミと言論を通じて日本に接しながら、自分の観点が片方に偏っているという窮屈さを感じ、自らの認識を変え始めた。
まず、過去史の認識は180゜変わるようになった。 日本を復讐の対象ではない「克服」の対象と感じるにつれて、過去を忘れないが彼らを赦そうという姿勢を持とうと努力した。 過去に縛られていては到底彼らに勝つことができないと思ったからだ。ただし、過去の挺身隊問題などの人権問題や文化財略奪のような非現実的で非倫理的な犯罪は、補償または謝罪しなければならないと思う。
次に日本の国民性を理解するようになった。 一時、奴隷根性と感じていた彼らの黙々とした勤労思考を長所と認めたのである。 自分の地位を不満なしに守り、そこで努力することこそ社会発展の原動力であることを少しではあるが感じるようになった。この他にも日本語を学んで、日本の日常的生活態度と頑固に拒絶できない(- 日本語の「ソウデスネ?」という言葉 - 良く言えば人のことを考えてあげていて、悪く言えばずうずうしい日和見主義者)性格が分かった。
今後日本を研究してもっと多くの変化が来るだろうが、常に胸に刻んでおくべき基準を持つようになった。 まさに、日本は我々の隣国であり、国際社会のパートナーだということだ。
これは メッセージ 87029 (elgfare さん)への返信です.
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