日本と韓国の議論の広場

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: monju_jz さん/その1、2について

投稿者: topics_jk 投稿日時: 2008/01/17 12:26 投稿番号: [86265 / 230347]
>資料のご提示ありがとうございます。
その1、その2について特に反論はありません。
ただ1点だけ疑問があります。両班についてはご提示のような悪辣な方法で一族を食べさせることができたというのは理解します。
では両班の2倍いた中人はどうでしょう?彼らも両班のような行いが可能だったでしょうか?
ご提示の資料に出てくる徴税官は中人だと思うのですが、彼らも被害者側だったのでは?<

両班には、酷い目にあったと思いますが、民に対しては両班と同様のことをしていましたね。其れが従九品の最低官位官職者であろうとも、官吏は民に対して絶対的権力を振るうことが出来たようで、自分達(官吏とその一族)さえ良ければ、相手が死のうが生きようが何でも有りというところですか。搾取強奪される民衆の不満は爆発寸前でしたでしょうね。
ですから、李氏朝鮮末期頃には民の統制も取れなくなり、クーデターや大規模な農民一揆が多発、王朝の予算もままならぬ状態まで経済も疲弊、最終的に他国の侵略を受けることになったと言うことではないでしょうか。

1811年: 洪景来の乱(地方差別に反発した一揆、平安道農民戦争とも言う)。
1862年: 壬戌民乱(慶尚道晋州を中心にした大規模な民衆反乱)。
1863年: 大院君政権の成立。
1866年: 丙寅邪獄。ジェネラル・シャーマン号事件。
1873年: 大院君追放、閔氏政権の成立。
1875年: 江華島事件勃発。
1876年: 日本の明治政府と日朝修好条規締結。
1882年: 壬午軍乱おこる。朝米修好通商条約締結。
1884年: 甲申政変、開化派のクーデターは失敗に終わる。
1894年: 東学党の乱(甲午農民戦争)、大院君の政局復帰。大院君派と閔妃派の対立が深ま                         る。金玉均、上海で暗殺される。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)