Re: ▼20世紀最大の性奴隷!韓国!!
投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2008/01/12 19:03 投稿番号: [85425 / 230347]
ベトナムに派兵された韓国軍は、南北に分断された体験と朝鮮戦争を経て強まった反共意識があいまって、ベトナム戦争を自らの戦争であるかのように戦った。その姿は同じく共同派兵国となったタイやフィリピン軍の「形だけの参戦」とは対照的であった。
クイニョンやニャチャンといったベトナム中部で作戦展開した韓国軍は勇猛果敢で、ベトコンと総称された解放戦線ゲリラを次々と殲滅していった。韓国軍兵士は「北からの侵略者と戦う」という正義感に燃えていた。そして一方では同じアジア人として難民たちに食料を与え、無料で医療活動を行ったりもした。
■ 徹底したプロ意識を持って行動した韓国軍の偉業は、今も現地で語り継がれている。
ROK(Republic of Korea)と呼ばれた韓国軍はアメリカ軍に次ぐ規模の西側派遣外国軍であった。アジア圏における共産主義の拡大に危機感を募らせていた韓国政府は1965年夏、米軍の軍事援助のもとベトナムへの派兵を決定。
兵力は延べ37万名、最盛期には5万の兵力を南ベトナムに展開した。具体的部隊としては韓国主都師団猛虎、白馬の2個師団、韓国海兵隊青龍1個師団の3個師団でいずれも韓国軍最強の部隊である。
韓国軍は早い時期よりベトナム戦争の長期化を睨んでおり、米軍基地のような簡易建造物による陣地構築ではなく鉄筋コンクリートの施設を建造した。また戦術も米軍とは違い空軍や機甲部隊には頼らず歩兵を中心とした接近戦闘を主体とした。砲兵の数も少なくジャングルではもっぱら敵であるNLF、NVAと同じ戦術を駆使した。
さらに韓国軍では敵を捕捉しないかぎり反撃は控えるという手堅い戦闘を見せ、NLFにとって最も恐ろしい敵となった。アメリカ軍の撤退は1968年秋から始まるが、韓国軍はこの後もこの地に残った。
韓国軍は朝鮮戦争を体験しており民族間に強い国防意識を根付かせていた。朝鮮、ベトナムと2度に渡る共産主義勢力との戦いは韓国軍を勇猛果敢な世界でも最高峰の軍隊に育て上げた。
韓国軍がベトナムを去るのは1973年、実に7年間の軍事行動をし戦死者は4407名、負傷者は2万5千名であった。韓国軍の戦争長期化の考えは当たり初期の施設建造や人材面で米軍よりも有利な条件がいくつも存在した。鉄筋コンクリートの施設は解放戦線の砲撃に十分に耐えたため解放戦線も容易に突入はできなかった。
また多くの通訳を擁し現地人との交流を図った。軍規は極めて厳正で戦闘時以外には村に対する放火をさせないなど徹底したプロ意識も見せた。
* デマがネット上で氾濫しているようだが、すべて日本人の陰謀。
わかったね。
クイニョンやニャチャンといったベトナム中部で作戦展開した韓国軍は勇猛果敢で、ベトコンと総称された解放戦線ゲリラを次々と殲滅していった。韓国軍兵士は「北からの侵略者と戦う」という正義感に燃えていた。そして一方では同じアジア人として難民たちに食料を与え、無料で医療活動を行ったりもした。
■ 徹底したプロ意識を持って行動した韓国軍の偉業は、今も現地で語り継がれている。
ROK(Republic of Korea)と呼ばれた韓国軍はアメリカ軍に次ぐ規模の西側派遣外国軍であった。アジア圏における共産主義の拡大に危機感を募らせていた韓国政府は1965年夏、米軍の軍事援助のもとベトナムへの派兵を決定。
兵力は延べ37万名、最盛期には5万の兵力を南ベトナムに展開した。具体的部隊としては韓国主都師団猛虎、白馬の2個師団、韓国海兵隊青龍1個師団の3個師団でいずれも韓国軍最強の部隊である。
韓国軍は早い時期よりベトナム戦争の長期化を睨んでおり、米軍基地のような簡易建造物による陣地構築ではなく鉄筋コンクリートの施設を建造した。また戦術も米軍とは違い空軍や機甲部隊には頼らず歩兵を中心とした接近戦闘を主体とした。砲兵の数も少なくジャングルではもっぱら敵であるNLF、NVAと同じ戦術を駆使した。
さらに韓国軍では敵を捕捉しないかぎり反撃は控えるという手堅い戦闘を見せ、NLFにとって最も恐ろしい敵となった。アメリカ軍の撤退は1968年秋から始まるが、韓国軍はこの後もこの地に残った。
韓国軍は朝鮮戦争を体験しており民族間に強い国防意識を根付かせていた。朝鮮、ベトナムと2度に渡る共産主義勢力との戦いは韓国軍を勇猛果敢な世界でも最高峰の軍隊に育て上げた。
韓国軍がベトナムを去るのは1973年、実に7年間の軍事行動をし戦死者は4407名、負傷者は2万5千名であった。韓国軍の戦争長期化の考えは当たり初期の施設建造や人材面で米軍よりも有利な条件がいくつも存在した。鉄筋コンクリートの施設は解放戦線の砲撃に十分に耐えたため解放戦線も容易に突入はできなかった。
また多くの通訳を擁し現地人との交流を図った。軍規は極めて厳正で戦闘時以外には村に対する放火をさせないなど徹底したプロ意識も見せた。
* デマがネット上で氾濫しているようだが、すべて日本人の陰謀。
わかったね。
これは メッセージ 85419 (fff2252 さん)への返信です.
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