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Re: 併合後の財産的負担その1

投稿者: run_run72 投稿日時: 2008/01/02 15:13 投稿番号: [82875 / 230347]
>純宗の父高宗は併合絶対反対だったから、退位させられたわけだ。

ロシアに合併してほしかったみたいだよな。

>後継の純宗はただの傀儡で権限がなく、実権を握っていた親日派の李完用が韓国併合ニ関スル条約に調印したということだな。純宗は何も知らない事後承諾の代理調印でしかないわけだ。

実権を握ってたものが調印し、
純宗は傀儡かどうかしらんが、
主権者たる国王であり、併合を望んでた(笑)

これで充分だろ。

>暴動はおきているさ。パルチザンも間島で組織され、ゲリラ戦を展開していたね。

線香花火(笑)
まあ、三・一独立運動が唯一だったのかね。

>上海では大韓民国臨時政府が成立し光復軍を組織して抗日運動を行っており、第二次世界大戦中には日本に対して宣戦布告を行い、連合軍と共同行動をとろうとしたが実態は爆弾テロ闘争であったことを認めざるを得ず、結果として直接の対決に至る前に日本の降伏によって独立を迎えた。

相手にされなかった(笑)
だって、
半島では、三十万人も兵役に志願し、血書するやつまで
出てるんだもん。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/shazai/3shou.html

>昭和十二年支那事変が始まった。ここで決定的な役割を果たしたのは金錫源少佐であった。彼は千名の日本人部下を指揮する大隊長として、支那の大軍を山西省で木っ端微塵に撃破した。彼の活躍は朝鮮の新聞に連日でかでかと報道された。日本兵を率いて、支那を撃つというのは、朝鮮人にとって夢みたいな事だったので、早速「金少佐を思う」「正義の師に」等の歌になった。支那派遣軍を駅で送る歓声と旗の波、それに金大隊長の賛歌で、自然に朝鮮人のボルテージが上がった。この空気の中、血書をもって従軍を希望する青年が相次いだ。

  このようなムードの中で、南総督は「朝鮮人特別志願兵制度」の創設を本国政府に提案した。翌一三年に四〇〇名を採用し、訓練の上、在鮮の日本部隊に入隊させるようにした。その後五年に亘って志願兵を募集したが、応募者は初年度の七・七倍から次第に増え、昭和十七年には六二・四倍、昭和一八年には定員が増えたので倍率は下がったが、応募者は三〇万人を越えた。当時の人口が二四〇〇万人であった事を考えると、驚くべき数字である。

>当時は、教育を受けられたのは両班、中人、良人迄の男子のみだろうな。悪しき身分制度が有ったからね。この垣根を取り払った日本の功績は有る。

そうだね。確かに功績はある。↑これって、
これって大きなことだと思うよ。
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