Re: 秦川勝
投稿者: shimazu_yoshihiro_2008 投稿日時: 2008/01/01 12:22 投稿番号: [82537 / 230347]
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研究家によってヘブライ集団ではないかと注目されている「秦氏」一族(120県・1万人?)が、応神天皇の招きによって新羅から渡来したのは、高句麗と倭が朝鮮半島の宗主権を巡って激しい戦いを演じていた4世紀末〜5世紀初頭のことだ。私はそうは思っていないが・・・わからない。
気になるのがカッシート―月氏(クシャン朝)―木秔―の流れの蘇我氏が5世紀中ごろに百済から日本にきたのであるという。(久慈氏)百済の支配階級は遊牧民だという話もある。
敵対関係になることがあった新羅と国交が結ばれ、使節を向かえいれた推古朝の時期にミロク菩薩像を送られ以後、秦の河勝の本拠地のウズマサの太子寺といわれる広隆寺に保管されている。
ミロク菩薩の出自は大月氏国から発展したクシャン朝のガンダーラだといわれる。
秦氏は「ユンズの君」ということで、ユンは月のこと??中央アジア三日月大国・別名は弓月(クルジャともいう・現在中国にあるウイグル自治区のある場所・東トルキスタン北部にクルジャという地方がある)という国から来ているそうだが、大月氏の流れを汲んだ一派、または言葉の通じた人々なのではないだろうか
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これは メッセージ 82532 (shimazu_yoshihiro_2008 さん)への返信です.
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