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渡来人の偉大な列島民への貢献

投稿者: elgfare 投稿日時: 2008/01/01 07:29 投稿番号: [82488 / 230347]
  2   秦氏と渡来文化−農耕文化と稲荷信仰、そして八幡神社


(1)秦氏の渡来−5世紀(古墳時代)

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■ 秦氏は、朝鮮半島から渡来してきた人々の集団なかでも日本全国に影響をもっており、その中心は京都の山城(山背)の地域であった。
  秦氏は5世紀に、まず北九州に渡来し力をつけ、その後京都山城を拠点に、その財力をもって平城京から平安京への遷都のときには大きな影響を及ぼしたと伝えられている。このように秦氏は早くから渡来文化の中心にたっていた。

■ 朝鮮半島からの渡来の波は、大きく分けて、①紀元前2世紀〜3世紀、②5世紀、③5世紀後半〜6世紀、④7世紀後半の四波に分けられるといわれている。
  秦氏が渡来した5世紀といえば、日本はまだ古墳時代であった。ようやく国家体制の形成期に入った段階で、当時の朝鮮半島からの渡来人は、日本に高い技術や文化を伝えた。とくに秦氏は、農耕・土木技術・製鉄・養蚕・機織(はたおり)・紙すきなど、先進文化を広げ、日本社会の発展に大きな役割を果たした。

■ 秦氏を起源とする地域は全国的に広がっていて、神奈川県の秦野市、高知県の幡多郡などが知られている。また、幡多郷と書く地名は、三河国渥美郡(幡多郷)、近江国長下郡(幡多郷)、紀伊国安諦郡(幡陀郷)、肥後国天草郡(波多郷)などがある。
  武蔵國や関東近辺にも多く、埼玉には男衾郡(現寄居町・嵐山町・小川町を中心とした地域)に幡々郷(幡多郷)があり、幡羅郡(現熊谷市・深谷市・妻沼町)には幡羅郷(現原郷)があった。東京にも幡ケ谷(渋谷区)がある。また、かつて武蔵國に属し、今の神奈川県にあった都筑郡には幡屋郷(現横浜市)があった。

■ なお、秦氏の祖先は中国の「秦の始皇帝」という伝承があるが、それは間違いで、現在では3世紀に朝鮮半島南部で栄えた加羅・加耶の国から渡ってきたことが明らかにされている。
  少し古い文献だが、『やさしい熊谷の歴史』(1973年・昭和48年発行)を見ると、「秦という村がありましたが、これは中国の王族の秦氏の子孫がむかし居住していたことを示します」とある。「中国の王族の秦氏の子孫」というのは間違いだが、少なくともこの地域に「秦という村」があって、古代に渡来氏族秦氏の活躍で拓かれたところだということは、明らかにしていると思う。

http://www.musashigaku.jp/framepage8.htm


>>>半島からの渡来人は、日本に高い技術や文化を伝えた。とくに秦氏は、農耕・土木技術・製鉄・養蚕・機織(はたおり)・紙すきなど、先進文化を広げ、日本社会の発展に大きな役割を果たした。


まあ、渡来人の未開地である列島国への貢献にくらべりゃ

100年前の田舎もんの言い台詞「いいこともした」なんて

すずめの涙です

あしからず
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