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神社の起源は朝鮮半島にあり

投稿者: elgfare 投稿日時: 2008/01/01 00:47 投稿番号: [82453 / 230347]
http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/hatauzu1.html

  稲荷神社について、『   全国的にもっとも数の多い八幡神社は、本来は秦(はた)氏の氏神であった神が昇格したものである。実は、秦(はた)氏がお祭りした神が全国に普及したものに稲荷神社がある。稲荷神社は、もともとわが国の古代信仰として信仰されていた「田の神」が昇格したものである。それをそうなさしめたのは秦(はた)氏である。京都の稲荷神社は、今でこそ全国の稲荷神社の総元締になっているが、もとは秦(はた)氏の創建になる。けだし、秦(はた)氏という氏族はものすごい氏族である。   』・・・・と。

  そうなのだ。秦氏という氏族は、明らかに渡来民族だが、わが国文化の基層をつくったすごい氏族なのだ。間違いなくそうなのだが、よくよく考えてみれば、それを吸収し、飲み込んでしまったわが国の国柄というものがすごいのかも知れない。わが国の国柄、それは・・・・・、私は、河合隼雄のいう「トライアッドの原理」、「中空均衡構造の原理」が働く国であるのかも知れない。「母性原理」、「女性原理」の働く国であるのかも知れない。清水博のいう「場の原理」や西田幾多郎のいう「場所の原理」が働く国であるのかも知れない。律令国家が成立するまで、天皇家も血で塗られた壮絶な歴史を持っており、決して平穏な歴史を歩んできたわけではない。その一例として、すでに私は、平安時代への権力闘争について書き、「いかみ」の怨霊について書いた。平安時代も自分の子供である早良親王の怨霊に悩まされ続けた・・・・言うに言われない状況を乗り越えて・・・・、やっと天皇家の安寧が保たれるようになった。国として、中空均衡の統治構造ができ上がったからである。そのような血なまぐさい歴史を経て、やっと、かの聖徳太子が理想とした・・・「和を以って貴し為す」・・・という理念が実現していったなかも知れない。私は、そうかもしいれないという思いをしながら、この点については、もう少し時間をかけた吟味をしよう。今は、ともかく・・・、秦氏のゆかりを訪ねることとしたい。



田舎もんよ

いい加減にせい!

勉強せい!

このボケが!
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