Re: 朝鮮様の立てた神社に行こう!
投稿者: elgfare 投稿日時: 2008/01/01 00:31 投稿番号: [82450 / 230347]
松尾大社
当社の背後の松尾山(223m)に古社地があり、山頂に近い大杉谷に磐座とされる巨石がある。5世紀ごろ、渡来人の秦氏が山城国一帯に居住し、松尾山の神(大山咋神)を氏神とした。大山咋神については、『古事記』に「亦の名は山末之大主神。此の神は近淡海国の日枝の山に坐し、亦葛野の松尾に坐して、鳴鏑を用つ神ぞ」と記されており、古事記が編纂されたころには有力な神とされていたことがわかる。
大宝元年(701年)、勅命により秦忌寸都理(はたのいみきとり)が現在地に社殿を造営し、山頂附近の磐座から神霊を移し、娘を斎女として奉仕させた。以降、明治初期に神職の世襲が禁止されるまで、秦氏が当社の神職を務めた。
伏見稲荷大社
711年(和銅4年)2月壬午の日に、伊侶具秦公(はたのきみのいろく)が勅命を受けて伊奈利山三ヶ峯(稲荷山)に三柱の神を祀ったことに始まる。山城国風土記逸文には伊侶具秦公が稲荷神を祀ることになった経緯が書かれている。秦氏にゆかり深い神社である。延喜式神名帳には「稲荷神社三座」と記載され、名神大社に列し、月次・新甞の幣帛を受けると書かれている。1871年(明治4年)には近代社格制度のもとで官幣大社に列格するとともに、正式社名を「稲荷神社」とし、「官幣大社稲荷神社」となったが、戦後の1946年に神社本庁とは独立した単立宗教法人となり、「伏見稲荷大社」と改称した。これは、神社本庁は伊勢神宮を本宗とするとしているが、伏見稲荷としてはそれを受け入れるわけにいかないという理由である。神社本庁とは「喧嘩別れ」したわけではなく、関係は良好である。
社家には学者が多く、国学者の荷田春満も当社の社家の出身である。境内には荷田春満の旧宅が保存されており、隣設して荷田春満を祭神とする東丸神社がある(元は摂末社であったが、現在は独立した神社)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%A6%E6%B0%8Fこのボケが
お前らの祖先
そう、朝鮮人様の建てた神社の数々
勉強せい!
これは メッセージ 82445 (fff2252 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/82450.html