日本と韓国の議論の広場

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

なぜ公共精神が育たなかったのか?

投稿者: midnight_express001 投稿日時: 2007/12/30 11:15 投稿番号: [81990 / 230347]
「堕落の2000年史」   崔基鎬   著より

李氏朝鮮は、安定した社会をつくるために必要な継続性がなかった。
政治とは党派を組んで、相手を蹴落とすことでしかなかった。
そこでいつ、どのように力関係が変って、どんな憂き目に遭うか
分からなかったから、人々は自分だけが栄えればよいと思うように
なった。このような環境のもとでは、公共精神が育ちようがなかった。
法が軽んじられ、勝つことが正義となった。このような仕組みの中で、
勝った者が法などに顧慮せずに権力を振るったことから、人々が不正
蓄財や、賄賂のやり取りに長けるようになった。
李氏朝鮮は500年を通じて、腐敗社会の種を全国に撒く一方、
党派抗争の犠牲や、搾取と収奪の対称にしかされなかった民衆の血を
肥やしとして、歪みきった社会を作り上げたのだった。
  そこで今日の韓国社会も、自由経済制度に立脚しているといっても、
資本主義が公正な競争に基づいていることから目をそむけて、権力者と
経済人の政経癒着によって動いてきた。腐敗は生きるための知恵として
社会の隅々まで浸透するようになった。そのために、韓国のマスコミ
までが、自国のことを「腐敗共和国」(プペコンファグク)だと呼んで、
自嘲しているのである。他の先進諸国では、親が子供達に「良い子に
なりなさい」とか「よい市民になりなさい」と言い聞かせるというのに、
韓国の子供達は、幼い時から「負けるな。出世しろ」と言われて育つ。
これでは利己的で、反社会的な人間として成長せざるをえない。
  大人の世界では、「賄賂の取り方は百態ある」とか、金のある者だけが
さらに財をなすことができるという意味の「富益富」(プクイプク)とか、
金があれば有罪にならないという「有銭無罪」(ユウジョンムチェ)、
その反対の「無銭有罪」(ムジョンユウチェ)などといった言葉が、
民衆の日常の会話なかに溢れているのだ。
  今日でも、大統領は名を残したい意欲だけが旺盛であって、前任者の
政策を踏襲したり、前任者の業績を重んじようとしない。前任者を無視
するか、蔑視する。歴代大統領のほとんどの者が、就任したら唯一天上
人思想(ユイルチョンサンインササン)を持って国法を軽視するか、
法にはずれたことをする。いまだに人治社会を構成しているのである。
これは李朝歴代の王達を、髣髴させるものだ。まさに李朝500年の
残滓というべきである。北朝鮮では「朝鮮総督府」と「日帝36年」が、
絶対に許しがたい悪玉となっているが、客観的にみれば朝鮮総督府が
行った政策には、今日の北朝鮮がその真似すらできない、評価すべき
部分も多くあった。産業、殖産、教育の分野で積極的な施策が敷かれた。
私有財産制度が確立され、官僚は清廉で、賄賂と無縁であった。
なにより法治社会であったし、国内はもちろん海外へも自由に往来できた。
そして大量処刑や、公開処刑もなければ、大量の人々が餓死するという
ことも見られなかった。日帝時代が朝鮮半島の近代化をもたらすのに
当たって、それなりに貢献した事実に目をふさいだまま、北朝鮮がその
過去5年だけをとっても数百万人の人民を餓死させながら、唯一思想を
称えて、まったく顧みることがない現状に、朝鮮半島における論理逆転の
伝統が、いまだに厳存しているという事実が示されている。
  世界が二十一世紀に入ったというのに、李氏朝鮮が「民主主義人民
共和国」という衣をまとって存続していることに、長嘆息しないわけには
いかない。

★今も昔も変らぬ朝鮮    真の歴史を隠蔽・捏造してはいけません★
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)