Re: アジア文化を略奪した日本
投稿者: elgfare 投稿日時: 2007/12/24 20:05 投稿番号: [80428 / 230347]
>>>そんな事しか言えない程、何一つ誇るものが朝鮮には今も昔も無かったという事だ。
何一つ自慢できる素晴らしいものが無いから、『せめて素晴らしい日本にある全ての「起源」と主張できれば、著作権を踏み倒して日本の文化を窃盗できる』という魂胆丸見え。
情けないクズ民族だよ、お前等クソ民族の韓国人・朝鮮人は。
ボケ!
ごまんとありますね
問題はその事実に目を耳を口をそむける
倭猿の三猿にあり
ごまんとある中から東医宝鑑という世界医学に多大な影響を与え今でも与えている朝鮮書物
少しは隣国のこと勉強せい!
http://www.yuishobo.com/hojun2.html
この書は当時の医学のあらゆる知識を網羅した臨床医学の百科全書で、内科、外科、雑科、湯液、鍼灸編の五編で構成されている。各編ごとに病気によって項目を決め、その項目の下には該当する病論と薬法などを出典とともに細かく列挙し、各病症に関する古今の処方を一目瞭然に把握できるようにした。そして、各病症に適した薬の処方箋と鍼灸方法を付け加え、場合によっては自分の経験を記録して、見る者が実用化できるようにした。各病症の項目が症状中心に列挙され、臨床医たちが患者を診るとき、多くの本を簡単に参考にできるようになっている。
世宗時代に作られた『郷薬修正法』『医方類集』と、宣祖の時の『医林提要』、中国の『神農本草経』『素問』など八十三種の古典方書と『脈経』など漢、唐以来編集された70余種の医方書が引用されている。
●東医宝鑑
このように膨大な資料を基に作成された『東医宝鑑』は編集力と著述能力の優秀性により東洋医学の宝鑑として出版された後、日本と中国に伝えられ、今日に至るまで貴重な漢方臨床医学書としてその地位をたもっている。韓国人の著作としてこの書ほど中国、日本人に広く読まれた書はおそらくないだろう。
『東医宝鑑」の公刊は、朝鮮本国はもとより、日本、そして漢方の"本家"中国にも多大な影響を与えてきた。日本では、1662年に江戸幕府が使節団を朝鮮に派遣した折に同書を求めており、それをもとに1724年、京都書林より、出版され、続いて1799年、1984年にも本書が刊行されている。
許浚<ホジュン>は、この書を完成させた後も、世宗時代に編纂された『救急法』を『諺解救急法』として注解し、任元濬の『瘡診集』をハングル訳して『痘瘡診集』とし、また、盧重礼の『胎産要録』もハングル訳して『諺解胎産集要』としてそれぞれ刊行し、当時、流行した伝染病を予防するため『神纂辟瘟方』と『辟疫神方』を編集して配布したりもした。
何一つ自慢できる素晴らしいものが無いから、『せめて素晴らしい日本にある全ての「起源」と主張できれば、著作権を踏み倒して日本の文化を窃盗できる』という魂胆丸見え。
情けないクズ民族だよ、お前等クソ民族の韓国人・朝鮮人は。
ボケ!
ごまんとありますね
問題はその事実に目を耳を口をそむける
倭猿の三猿にあり
ごまんとある中から東医宝鑑という世界医学に多大な影響を与え今でも与えている朝鮮書物
少しは隣国のこと勉強せい!
http://www.yuishobo.com/hojun2.html
この書は当時の医学のあらゆる知識を網羅した臨床医学の百科全書で、内科、外科、雑科、湯液、鍼灸編の五編で構成されている。各編ごとに病気によって項目を決め、その項目の下には該当する病論と薬法などを出典とともに細かく列挙し、各病症に関する古今の処方を一目瞭然に把握できるようにした。そして、各病症に適した薬の処方箋と鍼灸方法を付け加え、場合によっては自分の経験を記録して、見る者が実用化できるようにした。各病症の項目が症状中心に列挙され、臨床医たちが患者を診るとき、多くの本を簡単に参考にできるようになっている。
世宗時代に作られた『郷薬修正法』『医方類集』と、宣祖の時の『医林提要』、中国の『神農本草経』『素問』など八十三種の古典方書と『脈経』など漢、唐以来編集された70余種の医方書が引用されている。
●東医宝鑑
このように膨大な資料を基に作成された『東医宝鑑』は編集力と著述能力の優秀性により東洋医学の宝鑑として出版された後、日本と中国に伝えられ、今日に至るまで貴重な漢方臨床医学書としてその地位をたもっている。韓国人の著作としてこの書ほど中国、日本人に広く読まれた書はおそらくないだろう。
『東医宝鑑」の公刊は、朝鮮本国はもとより、日本、そして漢方の"本家"中国にも多大な影響を与えてきた。日本では、1662年に江戸幕府が使節団を朝鮮に派遣した折に同書を求めており、それをもとに1724年、京都書林より、出版され、続いて1799年、1984年にも本書が刊行されている。
許浚<ホジュン>は、この書を完成させた後も、世宗時代に編纂された『救急法』を『諺解救急法』として注解し、任元濬の『瘡診集』をハングル訳して『痘瘡診集』とし、また、盧重礼の『胎産要録』もハングル訳して『諺解胎産集要』としてそれぞれ刊行し、当時、流行した伝染病を予防するため『神纂辟瘟方』と『辟疫神方』を編集して配布したりもした。
これは メッセージ 80420 (fff2252 さん)への返信です.
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