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Re: 日本食の有由来。

投稿者: chokubarimalsal 投稿日時: 2007/12/05 16:35 投稿番号: [78140 / 230347]
日本食品学者田辺マサヒロさんが研究したものだぞ。

この人も朝鮮人だと叫びたいだろう^^


タクアンは韓国で由来した。

タクアンは二分けで漬けることなのに江戸時代初期朝鮮で渡っていった僧侶テガム(タクアン・1573〜1645)僧侶が初めて作る方法を教えたという。

タクアンというたくあんの名称はテガム僧侶の名前を日本語で表現したのだ。 すなわちタクアン僧侶が考案したという所にタクアン僧侶の塩漬けがタクアンイラ名付けることになったわけだ。

テガム僧侶は壬辰倭乱(文禄の役)直後に日本に渡っていって,京都の土のダイトクジ(大徳寺・京都市キ・タク ムラサキノ)周知になった高僧だ。

テガム僧侶は1629年にエド幕府武士政権の処置に抗議したことがある。 この事件のためにエド幕府はテガム僧侶を'火傷をしてきて’地方(今の秋田県地域)で島流しさせた。

'ウドン’は朝鮮が伝播した'韓国風そば'

日本の土でウドンを初めて作ったことは我が国で渡っていった元珍僧侶だった。

その事実を日本学者らも次の通り認めている。

“今のうどんもようのウドンを作ることになったことは江戸時代(江戸時代・1607〜1867)初期に朝鮮の学僧ウォンジン僧侶が作る方法を教えたのだ。

その当時ウォンジン僧侶はソバ粉に小麦粉を混ぜてこねたのを長く伸ばして展開したのを刃物で切ってうどんを作った。 この方法は直ちに大きく流行して,誰でも食べやすいうどんを作ったのだ。

この時からうどんの名前は‘運動’と歌い始めた。 その以前まではスイトンだけを作ったのにスイトンは'混鈍’と呼ばれたのだ。”

このようにウドンは朝鮮の学僧ウォンジン僧侶が日本に渡っていって,初めて韓国風そばを作る方法を日本人たちに教えたことから始まったのだ。 そしてこの時に韓国式韓国風そばの名称は'運動’で歌い始めた。

当時の'運動’が今のように'ウドン’という言葉に変わったのだ。 '運動’ '運動’して口音が変化して'ウドン’になったこと。

それならウォンジン僧侶はどのように日本に渡っていったことだろうか。

ウォンジン僧侶はその当時朝鮮通信使の一員で日本に渡っていった。


日本の塩辛は韓国で由来

塩辛を日本では'市(詩)オウカと’で呼んでいるのにE.C.オウカと中にイカ塩辛であり,貝の塩辛,サザエの塩辛,明太子等等は我が国ものなどと似る。

しかも明太子の場合は我が国の昔メンタイ漁場に名が知られた原産地方のことが日本に伝播したのだ。

“日本の明太子の場合は韓国のメンタイ漁場の新浦下の方原産の明太子の製法が日本へ渡ってきたのだ”.

日本食品学者田辺マサヒロ氏は研究を通じて,このように指摘することもした。
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