Re: 糞猿に支配された人間がいるらしいw
投稿者: mochihada2 投稿日時: 2007/10/13 12:48 投稿番号: [71542 / 230347]
>朝鮮人には猜疑、狡猾、嘘を言う癖などの東洋的な悪徳が見られ、人間同士の信頼は薄い。女性は隔離され、ひどく劣悪な地位に置かれている。(1巻, 30-31頁)
「東洋的な悪徳」と言うより、「極東三馬鹿だけに特有な悪徳」と言い直した方が良いでしょう。
>私は北京を見るまではソウルを地球上でもっとも不潔な都市、また紹興[中国浙江省北部の県]の悪臭に出会うまではもっとも悪臭のひどい都市と考えていた!大都市、首都にしてはそのみすぼらしさは名状できない程ひどいものである。さらに立ち並んでいるひどくむさくるしい家々や、その家が出す固体や液状の廃物を受け入れる緑色のぬるぬるしたどぶと、そしてその汚れた臭い縁によって一層狭められている。(1巻, 71-72頁)
>それにも拘わらず、ソウルには美術の対象になるものが何も無く、古代の遺物ははなはだ少ない。公衆用の庭園も無く、行幸の稀有な一件を除けば見せものも無い。劇場も無い。ソウルは他国の都市が持っている魅力をまるで欠いている。ソウルには古い時代の廃墟も無く、図書館も無く、文学も無い。しまいには、他には見出せないほどの宗教に対する無関心から、ソウルは寺院無しの状態で放置されている。一方、未だに支配力を維持しているある種の迷信のために、ソウルには墓がないままにされている!(1巻, 106-107頁)
>長安寺から元山への内陸旅行の間、私は漢江の谷間でよりも、朝鮮の農法を見る良い機会に恵まれた。日本のこの上なく見事な手際のよさと、中国の旺盛な勤勉に比べて、朝鮮の農業はある程度無駄が多く、だらしない。(1巻, 259-260頁)
>朝鮮では、私は朝鮮人を人種の滓と考え、その状況を希望の持てないものと見做すようになっていた。しかしプリモルスクで、私は、自分の意見をかなり修正する根拠となるものを見た。自らを富裕な農民階級に高めた朝鮮人、またロシアの警察官、開拓者や軍の将校から等しく勤勉と善行の持ち主だ、というすばらしい評判を受けた朝鮮人たちは、例外的に勤勉で倹約する質朴な人では無い事を心に留めておかなくてはなるまい。彼らはたいてい飢饉から逃れて来て飢えに苦しんだ人びとであった。そして彼らの繁栄とその全般的な振舞いは朝鮮に居る同国人が、もしもいつか正直な行政と稼ぎの保証がなされるならば、徐々に人間になれる事であろう、という希望を私に与えてくれた。(2巻, 38-39頁)
もし、現在もイザべラ・バードが生きていたら、今の韓国人は果たして人間と見なされたであろうか。
>狭量、千篇一律、自惚れ、横柄、肉体労働を蔑む間違った自尊心、寛大な公共心や社会的信頼にとって有害な利己的個人主義、二千年来の慣習や伝統に対する奴隷的な行為と思考、狭い知的なものの見方、浅薄な道徳的感覚、女性を本質的に蔑む評価などが朝鮮教育制度の産物と思われる。(2巻, 269頁)
朝鮮人の性質は今も昔も全然変わっていない。
>要約して、以下のような意見を思い切って述べる事にする。多くの人口を抱えている朝鮮の状況は、日本かロシアの孰れかの援助を得て次第に改善されるよう運命付けられている。(2巻, 279頁)
日本が余計な援助をしてくれたがために、犬食い劣等民族でも何とか発展出来た。
「東洋的な悪徳」と言うより、「極東三馬鹿だけに特有な悪徳」と言い直した方が良いでしょう。
>私は北京を見るまではソウルを地球上でもっとも不潔な都市、また紹興[中国浙江省北部の県]の悪臭に出会うまではもっとも悪臭のひどい都市と考えていた!大都市、首都にしてはそのみすぼらしさは名状できない程ひどいものである。さらに立ち並んでいるひどくむさくるしい家々や、その家が出す固体や液状の廃物を受け入れる緑色のぬるぬるしたどぶと、そしてその汚れた臭い縁によって一層狭められている。(1巻, 71-72頁)
>それにも拘わらず、ソウルには美術の対象になるものが何も無く、古代の遺物ははなはだ少ない。公衆用の庭園も無く、行幸の稀有な一件を除けば見せものも無い。劇場も無い。ソウルは他国の都市が持っている魅力をまるで欠いている。ソウルには古い時代の廃墟も無く、図書館も無く、文学も無い。しまいには、他には見出せないほどの宗教に対する無関心から、ソウルは寺院無しの状態で放置されている。一方、未だに支配力を維持しているある種の迷信のために、ソウルには墓がないままにされている!(1巻, 106-107頁)
>長安寺から元山への内陸旅行の間、私は漢江の谷間でよりも、朝鮮の農法を見る良い機会に恵まれた。日本のこの上なく見事な手際のよさと、中国の旺盛な勤勉に比べて、朝鮮の農業はある程度無駄が多く、だらしない。(1巻, 259-260頁)
>朝鮮では、私は朝鮮人を人種の滓と考え、その状況を希望の持てないものと見做すようになっていた。しかしプリモルスクで、私は、自分の意見をかなり修正する根拠となるものを見た。自らを富裕な農民階級に高めた朝鮮人、またロシアの警察官、開拓者や軍の将校から等しく勤勉と善行の持ち主だ、というすばらしい評判を受けた朝鮮人たちは、例外的に勤勉で倹約する質朴な人では無い事を心に留めておかなくてはなるまい。彼らはたいてい飢饉から逃れて来て飢えに苦しんだ人びとであった。そして彼らの繁栄とその全般的な振舞いは朝鮮に居る同国人が、もしもいつか正直な行政と稼ぎの保証がなされるならば、徐々に人間になれる事であろう、という希望を私に与えてくれた。(2巻, 38-39頁)
もし、現在もイザべラ・バードが生きていたら、今の韓国人は果たして人間と見なされたであろうか。
>狭量、千篇一律、自惚れ、横柄、肉体労働を蔑む間違った自尊心、寛大な公共心や社会的信頼にとって有害な利己的個人主義、二千年来の慣習や伝統に対する奴隷的な行為と思考、狭い知的なものの見方、浅薄な道徳的感覚、女性を本質的に蔑む評価などが朝鮮教育制度の産物と思われる。(2巻, 269頁)
朝鮮人の性質は今も昔も全然変わっていない。
>要約して、以下のような意見を思い切って述べる事にする。多くの人口を抱えている朝鮮の状況は、日本かロシアの孰れかの援助を得て次第に改善されるよう運命付けられている。(2巻, 279頁)
日本が余計な援助をしてくれたがために、犬食い劣等民族でも何とか発展出来た。
これは メッセージ 71523 (keserakeserakesera さん)への返信です.
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