賠償金?一銭もどこにも払ってないが?w
投稿者: rcc00114 投稿日時: 2007/10/09 19:37 投稿番号: [71031 / 230347]
現地に残置資産があった場合は、それを没収されたが、ごく僅か。
後は、全部、日本製品で(他に荷役とあるが、この一言が大きい!
これが人件費のことで吹っかけ放題)、として、一説によると、少なくとも15分の1(吉田首相も、当時の日本の猛烈な戦後インフレを利用した。インフレ計算もいれると、どうやっても20分の1以下に)くらいに値切ってしまったが(笑)。
どうせ、戦後の復興公共投資は、産業復活にいるので、戦後復興の公共投資予算の4分の1くらいを設備発注、資材発注に切り替え、見事、産業を復活させた(日本にはそこまでの需要はなかったので、もっけの幸いにした)。
当時の日本の大蔵省や外務省、政府関係者の知恵。
ドイツ人なんかと違って、日本人は凄い。
というわけで、どこにも、金は一銭も払わずに済んだし、影響ないほどに実質的に値切り倒した。
しかも、日本産業、復活!
めでたしめでたし。
>生産物・役務による賠償、ヒモつき援助、ODA
サンフランシスコ平和条約に基づく日本の戦争賠償の多くは「生産物や役務」を提供する形でおこなわれた。
これは、同条約第14条a項1において、戦後日本がまだ経済的にも疲弊しており金銭による過剰な賠償を強制することは日本の国家としての存続をも危うくするだろうという配慮から、連合国が希望する場合には金銭のかわりに生産物や日本人の役務をもって賠償することを許したものである。
第一次世界大戦後のドイツに対し膨大な賠償額を要求したことがドイツ経済を極度に疲弊させナチスの台頭と第二次世界大戦勃発の遠因になったことの反省に基づいている。
しかし、生産物や役務の提供による賠償方法は日本の賠償が「ヒモつき援助」であるという批判にも繋がった。
例えばインドネシアに対する賠償においては、ホテルやデパートの建設など日本軍の戦争行為により被った損害に対する補償とは思えないものも多く含まれた。
こうしたことから、日本の戦争賠償は日本のアジアにおける経済進出を助けるものであったという側面を指摘し、これを「日本が戦争責任を果たしているというイメージ」が定着しない原因の一つとして挙げる意見もある。
戦争賠償を日本の発展途上国に対する経済援助の始まりとして評価する見方もある。<
これは メッセージ 71022 (great_daehan_minguk さん)への返信です.
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