韓国の爆弾その3
投稿者: kurumaisutanei01 投稿日時: 2005/04/14 23:19 投稿番号: [6888 / 230347]
これは、その1より続きです。
>>韓国はなぜ日韓併合にしがみつくのか?。
>>
>>国内がうまくいかなくなると必ず、歴代大統領は、
>>ほぼ藁にすがるように、その問題にしがみつきます。
>>
>>韓国は爆弾を抱え込んだ国で、
>>お書きになっているように、地域差別と階級社会の軋轢が、
>>未だにどろっどろの怨念となって渦巻いてます。
>>
>>恐ろしく不満の限界値が低いため、
>>『日韓併合』は、韓国大統領最後の安全装置なのです。
>
>なぜ不満の限界値が低いのか、
>あまりにいろいろなことが韓国に重なっています。
>怒りをぶつけられるのは迷惑極まりない。
>ただ、その根本が何なのか、
自分もぶつけられる方として、でたらめにですが、調べてみています。
韓国の方たちに『歴史』というと『日韓併合!』と、
言われかねませんが、これもまた、歴史の特殊さゆえでしょうか。
かの国の不運は、常に隣にどうあがいても手に負えない大陸があったこと。
しかも、その大陸がまた、ころころ主を変えます。
そのたんびに振り回され、えらい目にあうのは、
宿命というのでしょうか。
朝鮮が歴史上に今の形を成したのは、
10世紀の高麗からです。
出来てすぐ、当時の中国の後唐の冊封、つまり属国になります。
(後唐は五台時代の中国の王国のひとつ)
その影響がなくなると、契丹というモンゴル系の国に攻められ、
たまりかねて、朝鮮版万里の長城まで作ります。
12世紀になると、金という契丹の後の王朝に服属、
13世紀は宋に服属、してましたがモンゴル帝国が勃興。
宋と徹底的に叩きのめされ、属国化。
ここで何を間違ったのか、
1272年、高麗王の王世子の椹(後の忠烈王)が、元国の皇帝クビライに、日本を属国にするよう進言
結果はご存知の通り、思いもよらぬ2度の敗北でした。
1368年明に服属、1378年北元に服属、
ようやくクーデターで高麗が倒れて、李氏朝鮮が生まれます。
またも明に服属。
16世紀には、日本の豊臣秀吉による愚かしい朝鮮征伐、文禄の役、長安の役
なぜかこの少し前から、朝鮮宮廷は東人、西人という派閥に別れ、
大変な権力闘争に明け暮れます。
そのため対馬から警告が来ても、別の派閥が握りつぶすといった有様でした。
(もし、この後世まで続く政争がなければ、秀吉も朝鮮へ手が出せなかったかもしれません)
17世紀には、勃興した清に攻められて服属・・・・・・・。
ところが、1895年この歴史始まって以来の出来事が起こります。
それが『日清戦争』での日本の勝利。
清に日本が勝利し、朝鮮への影響力が初めて大陸から奪われます。
ここまでの朝鮮の歴史を考えた場合、
たぶんこれは、信じられない出来事だったでしょう。
『日韓併合』の後が、ほんとうにその後が、
口にすることもできない悲惨な歴史になっていく朝鮮にとって、
『日韓併合』は良くも悪くも、あまりに強烈すぎました。
まして、そこから先を辛すぎて思い出したくもない世代にとって、
全ての時間は、そこで止まっているのかも知れません。
恨みと憎しみと呪いが、『日韓併合』の部分に吹き出している・・・そんな気すらします。
>>韓国はなぜ日韓併合にしがみつくのか?。
>>
>>国内がうまくいかなくなると必ず、歴代大統領は、
>>ほぼ藁にすがるように、その問題にしがみつきます。
>>
>>韓国は爆弾を抱え込んだ国で、
>>お書きになっているように、地域差別と階級社会の軋轢が、
>>未だにどろっどろの怨念となって渦巻いてます。
>>
>>恐ろしく不満の限界値が低いため、
>>『日韓併合』は、韓国大統領最後の安全装置なのです。
>
>なぜ不満の限界値が低いのか、
>あまりにいろいろなことが韓国に重なっています。
>怒りをぶつけられるのは迷惑極まりない。
>ただ、その根本が何なのか、
自分もぶつけられる方として、でたらめにですが、調べてみています。
韓国の方たちに『歴史』というと『日韓併合!』と、
言われかねませんが、これもまた、歴史の特殊さゆえでしょうか。
かの国の不運は、常に隣にどうあがいても手に負えない大陸があったこと。
しかも、その大陸がまた、ころころ主を変えます。
そのたんびに振り回され、えらい目にあうのは、
宿命というのでしょうか。
朝鮮が歴史上に今の形を成したのは、
10世紀の高麗からです。
出来てすぐ、当時の中国の後唐の冊封、つまり属国になります。
(後唐は五台時代の中国の王国のひとつ)
その影響がなくなると、契丹というモンゴル系の国に攻められ、
たまりかねて、朝鮮版万里の長城まで作ります。
12世紀になると、金という契丹の後の王朝に服属、
13世紀は宋に服属、してましたがモンゴル帝国が勃興。
宋と徹底的に叩きのめされ、属国化。
ここで何を間違ったのか、
1272年、高麗王の王世子の椹(後の忠烈王)が、元国の皇帝クビライに、日本を属国にするよう進言
結果はご存知の通り、思いもよらぬ2度の敗北でした。
1368年明に服属、1378年北元に服属、
ようやくクーデターで高麗が倒れて、李氏朝鮮が生まれます。
またも明に服属。
16世紀には、日本の豊臣秀吉による愚かしい朝鮮征伐、文禄の役、長安の役
なぜかこの少し前から、朝鮮宮廷は東人、西人という派閥に別れ、
大変な権力闘争に明け暮れます。
そのため対馬から警告が来ても、別の派閥が握りつぶすといった有様でした。
(もし、この後世まで続く政争がなければ、秀吉も朝鮮へ手が出せなかったかもしれません)
17世紀には、勃興した清に攻められて服属・・・・・・・。
ところが、1895年この歴史始まって以来の出来事が起こります。
それが『日清戦争』での日本の勝利。
清に日本が勝利し、朝鮮への影響力が初めて大陸から奪われます。
ここまでの朝鮮の歴史を考えた場合、
たぶんこれは、信じられない出来事だったでしょう。
『日韓併合』の後が、ほんとうにその後が、
口にすることもできない悲惨な歴史になっていく朝鮮にとって、
『日韓併合』は良くも悪くも、あまりに強烈すぎました。
まして、そこから先を辛すぎて思い出したくもない世代にとって、
全ての時間は、そこで止まっているのかも知れません。
恨みと憎しみと呪いが、『日韓併合』の部分に吹き出している・・・そんな気すらします。
これは メッセージ 6870 (kurumaisutanei01 さん)への返信です.
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