反日捏造歴史教育で
投稿者: exorcist_lll 投稿日時: 2005/04/03 01:09 投稿番号: [6615 / 230347]
洗脳された韓国・朝鮮人に、無理して親切にしようと考えても意味無い気がします。
「反日韓国に未来はない」呉 善花(O. Sonfa)著より
↓↓↓
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日本統治時代に生活していた韓国のお年寄りには、
日本人に悪感情を抱いている人は圧倒的に少ないといえます。
日本人と直接つき合いのあった人はだいたいが日本や日本人に親しい気持ちをもっています。
たとえば「学校での生活はどうでしたか」と聞いて、いやな思いをしたという話はほとんどありません。
大部分の人が「日本人の先生にいい先生が多かった」といいます。
日本人からの聞き書き調査では、こんな内容の発言もあります。
「韓国の青年たちが近所の川辺などで凧揚げをしているのを見て、
とてもうらやましいと思っていたら、彼らはうまく凧を揚げる方法をいろいろ教えてくれた」
「当時、日本人も朝鮮人も関係なかった。学校では、韓国人の先輩に、厳しく、服装などの問題で指導されたが、
それがいつも怖かった」
こうした証言は、民衆レベルでは、実に当たり前の生活観が存在していたという証拠でしょう。
だからこそ、直接日本人と接したことのある韓国人ほど親日派が多いのです。
それに敗戦後、日本人が日本に帰るときに、日本人に対する暴動も起きなければ、
略奪行為もほとんど起こっていないのです。
当時は、日本の軍事・警察機構は解体され、韓国の警察はほとんど機能していなかった時期です。
もし、統治時代に日本人が韓国人に対してひどいことをしていたのならば、日本人の家に暴徒が殺到し、
略奪行為が起きていても不思議ではなかったはずです。ところが、ほとんどの人が、そんなことはまったくなかった。
噂すら聞いたことがないといっているのです。
それどころか、日本が負けて、これから彼らはどうなるのだろうと心配しながら、
ソウルから釜山まで日本人一家の荷物を運んだ韓国人もいます。
また朝鮮生活の長かった日本人からは、親しくつきあっていた韓国人一家と別れるのが辛くて、
仁川の波止場でお互いに泣くだけ泣いて別れたという話をたびたび聞かされました。
私は、そんな話を聞いてホッとすると同時に、
反日教育で教えられたようなひどい統治があったと考えることにはどうしても無理があることに気付かされました。
実際の生活で日本人とつき合った体験のある人々に親日傾向が強く、
実際の体験のない人々に反日傾向が強いということは、まさに私の実感ともピッタリ合うものです。
こんなおかしなことがなぜ起きるのでしょうか?
私が強く感じるのは、日本統治時代の朝鮮を語る際に、
「政治史・制度史」だけが重視され、生活の十井については、それに役立つ限りで「資料」として採用されるにすぎない、
ということです。逆にいえば、日本統治時代の朝鮮理解は、社会史・生活史などは不要であるという考えに
強く支配されているということです。
そのように政治的観点が重視されるあまり、日本統治時代のことは、すべて政治的に語ればよしとされ、
社会的な現実など取るに足りないこととされてしまっているのです。
もちろん、一つの時代を語るのに、政治史・制度史は重要なものです。
しかし私は、実際にその時代を生きた人々の社会史・生活史もまた、政治史・制度史に匹敵するほど、
あるいは場合によっては、それ以上に重要なものだと思うのです。
「反日韓国に未来はない」呉 善花(O. Sonfa)著より
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日本統治時代に生活していた韓国のお年寄りには、
日本人に悪感情を抱いている人は圧倒的に少ないといえます。
日本人と直接つき合いのあった人はだいたいが日本や日本人に親しい気持ちをもっています。
たとえば「学校での生活はどうでしたか」と聞いて、いやな思いをしたという話はほとんどありません。
大部分の人が「日本人の先生にいい先生が多かった」といいます。
日本人からの聞き書き調査では、こんな内容の発言もあります。
「韓国の青年たちが近所の川辺などで凧揚げをしているのを見て、
とてもうらやましいと思っていたら、彼らはうまく凧を揚げる方法をいろいろ教えてくれた」
「当時、日本人も朝鮮人も関係なかった。学校では、韓国人の先輩に、厳しく、服装などの問題で指導されたが、
それがいつも怖かった」
こうした証言は、民衆レベルでは、実に当たり前の生活観が存在していたという証拠でしょう。
だからこそ、直接日本人と接したことのある韓国人ほど親日派が多いのです。
それに敗戦後、日本人が日本に帰るときに、日本人に対する暴動も起きなければ、
略奪行為もほとんど起こっていないのです。
当時は、日本の軍事・警察機構は解体され、韓国の警察はほとんど機能していなかった時期です。
もし、統治時代に日本人が韓国人に対してひどいことをしていたのならば、日本人の家に暴徒が殺到し、
略奪行為が起きていても不思議ではなかったはずです。ところが、ほとんどの人が、そんなことはまったくなかった。
噂すら聞いたことがないといっているのです。
それどころか、日本が負けて、これから彼らはどうなるのだろうと心配しながら、
ソウルから釜山まで日本人一家の荷物を運んだ韓国人もいます。
また朝鮮生活の長かった日本人からは、親しくつきあっていた韓国人一家と別れるのが辛くて、
仁川の波止場でお互いに泣くだけ泣いて別れたという話をたびたび聞かされました。
私は、そんな話を聞いてホッとすると同時に、
反日教育で教えられたようなひどい統治があったと考えることにはどうしても無理があることに気付かされました。
実際の生活で日本人とつき合った体験のある人々に親日傾向が強く、
実際の体験のない人々に反日傾向が強いということは、まさに私の実感ともピッタリ合うものです。
こんなおかしなことがなぜ起きるのでしょうか?
私が強く感じるのは、日本統治時代の朝鮮を語る際に、
「政治史・制度史」だけが重視され、生活の十井については、それに役立つ限りで「資料」として採用されるにすぎない、
ということです。逆にいえば、日本統治時代の朝鮮理解は、社会史・生活史などは不要であるという考えに
強く支配されているということです。
そのように政治的観点が重視されるあまり、日本統治時代のことは、すべて政治的に語ればよしとされ、
社会的な現実など取るに足りないこととされてしまっているのです。
もちろん、一つの時代を語るのに、政治史・制度史は重要なものです。
しかし私は、実際にその時代を生きた人々の社会史・生活史もまた、政治史・制度史に匹敵するほど、
あるいは場合によっては、それ以上に重要なものだと思うのです。
これは メッセージ 6613 (dndnnd さん)への返信です.
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