Re: 学歴詐称社会の韓国2
投稿者: jamingwithed 投稿日時: 2007/08/30 17:38 投稿番号: [66047 / 230347]
韓国でいうところの高学歴は、一見、身分制度と違って見えるものの、その本質は、両班という朝鮮独特の文人至上主義の身分制度の延長線上にあると見て間違いない。
両班というのは、一切、汗をかいてはならない文人であり、武人ではなかった。両班は武人など馬鹿にしていた。それが朝鮮史の事実である。
呉氏によれば、朝鮮では、体の中で、頭だけを使う両班が最高の存在であり、頭より下の体を使うものは差別される対象だったとのことである。
だから、朝鮮では、今も、もの作りを行う者や技術者などは下手に見られているらしい。相変わらず日本文化や日本社会、日本史のパクリで、そうではなかった日本と変わらなかったと言い張る向きもあるようだが。
呉氏、井沢氏の共著の中で、呉氏はこう言っている。最初「技術部長」の肩書きの名詞を見せられた時、自分はなーんだ技術者ふぜいかとがっかりしたが、日本人が「技術部長が会ってくれた!」と大喜びしたのを見て、自分はまだまだ韓国の感覚だったのかと、日本の感覚との違いを改めて痛感したらしい。
日本、中国、ヨーロッパでは、征服者や武人などが英雄としてもてはやされる世界の傾向に漏れまいと、韓国でも、今では武人を英雄視したドラマや映画が作られるようになってきた。
呉氏、井沢氏いわく、朝鮮には、歴史書や朝鮮史を描いた書物が一切存在しないので、朝鮮人は、いくらでも、ウリの歴史は、こうあったはずだ、こうありたいという朝鮮史をいくらでも捏造することができるとのことだった。
呉氏によれば、朝鮮は、中国の王朝が変わるたびに、昔の王朝にくみしないということを証明するために、歴史価値があろうが、遺跡としての価値があろうが、全て、ウリの身の保身のために自ら全て破壊し尽くしてきたというのである。
もちろん、それもある。だが、もう一つ、見逃してならないのは、朝鮮が、朝鮮という歴史が続いてきた限り、中国の属国だったということである。
ずばり、属国に、宗主国に黙って、宗主国と違う、自らの歴史を記すことなど許されるわけがないのだ。
また属国には、自らの外交権も許されていない。
だいたい中国が欧米列強に分割統治していた時期こそ、朝鮮にしてみれば、世界と外交を展開する大チャンスだったにも関わらず、属国の属国たる道を選んだのが、朝鮮民族である。
属国の属国がどういう末路に突き進むか、それが属国や属国の属国以外の他のアジアにどのような悪影響を及ぼすか、当時、理解していたのは、日本だけである。
ところで、両班というのは、併合時代を経て優先とともになくなったはずなので、韓国がこのことで日本を責めたりしそうだが、中国の属国教育を受けてきた北朝鮮が学んだ、中国の辛亥革命では、昔ながらの王朝を打倒し、新たな共和国が建国された中国の歴史を輝かしい歴史というふうに学んできたので、さすがに、かつての朝鮮王朝の一端をになう両班制度の復古を叫べない状況にあり、北朝鮮がそれを叫ばず、回顧もしないので、韓国も同様のようだ。
また、世界的に見れば、フランス革命によるフランスのみならず世界に与えた影響によって、王や貴族に政治を帰属させ腐敗させまくるということがよしとされない風潮があり、それに逆らってまで、日本のせいで、朝鮮王朝がほろびたと頑として王政復古を叫べないのだろう。朝鮮王朝が滅ぶも何も、正当な朝鮮王朝など、閔妃一族のすでに私物化されており、李氏朝鮮の正当な後継者が、王朝をつげるなどほとんど無理だったにもかかわらず。
それゆえ、王政復古を叫べない分、学歴によって、新興両班であると豪語しようとするのだろう。
現韓国では、高学歴者が新興両班である。ウリこそが両班の子孫というのにこだわる韓国人としては、詐称してでも、新興両班(高学歴かつ高潔な人物)という地位がのどから手が出るほど欲しいのだろう。
両班というのは、一切、汗をかいてはならない文人であり、武人ではなかった。両班は武人など馬鹿にしていた。それが朝鮮史の事実である。
呉氏によれば、朝鮮では、体の中で、頭だけを使う両班が最高の存在であり、頭より下の体を使うものは差別される対象だったとのことである。
だから、朝鮮では、今も、もの作りを行う者や技術者などは下手に見られているらしい。相変わらず日本文化や日本社会、日本史のパクリで、そうではなかった日本と変わらなかったと言い張る向きもあるようだが。
呉氏、井沢氏の共著の中で、呉氏はこう言っている。最初「技術部長」の肩書きの名詞を見せられた時、自分はなーんだ技術者ふぜいかとがっかりしたが、日本人が「技術部長が会ってくれた!」と大喜びしたのを見て、自分はまだまだ韓国の感覚だったのかと、日本の感覚との違いを改めて痛感したらしい。
日本、中国、ヨーロッパでは、征服者や武人などが英雄としてもてはやされる世界の傾向に漏れまいと、韓国でも、今では武人を英雄視したドラマや映画が作られるようになってきた。
呉氏、井沢氏いわく、朝鮮には、歴史書や朝鮮史を描いた書物が一切存在しないので、朝鮮人は、いくらでも、ウリの歴史は、こうあったはずだ、こうありたいという朝鮮史をいくらでも捏造することができるとのことだった。
呉氏によれば、朝鮮は、中国の王朝が変わるたびに、昔の王朝にくみしないということを証明するために、歴史価値があろうが、遺跡としての価値があろうが、全て、ウリの身の保身のために自ら全て破壊し尽くしてきたというのである。
もちろん、それもある。だが、もう一つ、見逃してならないのは、朝鮮が、朝鮮という歴史が続いてきた限り、中国の属国だったということである。
ずばり、属国に、宗主国に黙って、宗主国と違う、自らの歴史を記すことなど許されるわけがないのだ。
また属国には、自らの外交権も許されていない。
だいたい中国が欧米列強に分割統治していた時期こそ、朝鮮にしてみれば、世界と外交を展開する大チャンスだったにも関わらず、属国の属国たる道を選んだのが、朝鮮民族である。
属国の属国がどういう末路に突き進むか、それが属国や属国の属国以外の他のアジアにどのような悪影響を及ぼすか、当時、理解していたのは、日本だけである。
ところで、両班というのは、併合時代を経て優先とともになくなったはずなので、韓国がこのことで日本を責めたりしそうだが、中国の属国教育を受けてきた北朝鮮が学んだ、中国の辛亥革命では、昔ながらの王朝を打倒し、新たな共和国が建国された中国の歴史を輝かしい歴史というふうに学んできたので、さすがに、かつての朝鮮王朝の一端をになう両班制度の復古を叫べない状況にあり、北朝鮮がそれを叫ばず、回顧もしないので、韓国も同様のようだ。
また、世界的に見れば、フランス革命によるフランスのみならず世界に与えた影響によって、王や貴族に政治を帰属させ腐敗させまくるということがよしとされない風潮があり、それに逆らってまで、日本のせいで、朝鮮王朝がほろびたと頑として王政復古を叫べないのだろう。朝鮮王朝が滅ぶも何も、正当な朝鮮王朝など、閔妃一族のすでに私物化されており、李氏朝鮮の正当な後継者が、王朝をつげるなどほとんど無理だったにもかかわらず。
それゆえ、王政復古を叫べない分、学歴によって、新興両班であると豪語しようとするのだろう。
現韓国では、高学歴者が新興両班である。ウリこそが両班の子孫というのにこだわる韓国人としては、詐称してでも、新興両班(高学歴かつ高潔な人物)という地位がのどから手が出るほど欲しいのだろう。
これは メッセージ 66046 (jamingwithed さん)への返信です.
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