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戦時中の朝鮮人の悪行

投稿者: mk_bird4510 投稿日時: 2007/08/13 17:14 投稿番号: [63932 / 230347]
「日本軍は香港で何をしたか」
著者 謝永光 翻訳 森幹夫 社会評論社 1993 年   36~37頁

最初の数日間は平穏無事で、「皇軍」の姿は全くみられなかった。ところがある日、突然五、六人の‘獣兵‘が現れ、麻雀をしていた四人の女優を輪姦したという。
前述の女優は日本軍の馬丁に暴行されたが、この馬丁とは恐らく朝鮮人に違いなかった。
(中略)
香港占領期間中、多くの朝鮮人が日本の軍服を着ていたが、一般の日本人よりも背が高く、 日本の正規軍よりももっと凶暴だった。
このとき民家に乱入して婦女暴行を働いたのは、 ほとんど日本人の手先となって悪事を働いていた朝鮮人であった。
当時香港住民は日本軍に対するよりももっと激しい憎悪の念を彼らに抱いた。

日本人虐殺事件を引き起こした朝鮮人大尉

『日高恒太朗「終戦60 年秘話-後の「韓国大使」もいた沖縄「7 人の脱走日本
兵」』(前後編)
週刊新潮 「2005 年9 月1 日号」 「2005 年8月25 日号」

昭和20 年4 月、米軍は遂に沖縄本島に上陸した。
約3 ヵ月後、守備部隊である陸軍第32 軍は壊滅状態となり、司令官の牛島満中将は自決、20 万人余りとされる犠牲者を出した。
そんな激戦のさ中、小船で密かに離島へ逃げ、島の女を愛人にして遊芸に興じていた「脱走兵」グループがいた。
その隊長は、後に韓国の大使にまで出世したエリート将校であった。
(中略)
沖縄戦の早い時期に米軍の手に落ちた伊江島、そして6 月3 日に砲艦射撃を受け米軍が上陸した伊平屋島。両島に挟まれた伊是名島は、沖縄本島や各離島で起きた「玉砕」「集団自決」などの悲劇を免れた「イクサのなかった島」といわれていた。
その伊是名島にサバニを漕いで渡ってきた逃亡兵らが、この島にタブーを作ったという見方がある。
彼らは島民にスパイ容疑をかけ、虐殺をしていたというのだ。
この事実は、昭和49 年に発刊された『沖縄県史』(沖縄戦史録2)の調査団によって明るみに出た。
(中略)
北隣の伊平屋島が指呼の間に見える内花集落は、博労をしていた喜納政昭(42)=当時=殺害の場と言い伝えられている。彼はサバニを自在に操って島々を渡り歩いていたことからスパイの嫌疑をかけられたのだ。
犠牲者の弟である喜納政和(72)は眉毛を逆立てて、丸い目を剥いて言う。
「あんたネ、来るのが60年遅いサ。あの連中は脱走兵の癖に、しかも戦争が終わっているのに兄を殺し、奄美から来た子供を殺し、アメリカ兵も2人か3人殺している。60年間のうのうと軍人恩給を貰って、今はもう死んでしまったかという時期だろうが、こんなロクでもない兵隊に国はオレたちの税金をずっと払い続けてきたんだ。今更、何を喋っても仕方ないだろ」
(中略)
処刑の日、内花海岸には地元防衛隊、要人たちが集まっていた。喜納政昭はこの浜で、待ち受けていた逃亡兵の隊長である平山大尉に射殺されたのだという。
脱走兵たちは島人になりすます為、偽名を使っていた。
(中略)
60 年後の現在、彼らの偽名と階級を憶えている人はほとんどいないが、人々の記憶に鮮やかに残り、伝説のように伝えられているのが、「ゼンタロウ」(申応均が島で使った仮名)たちの優雅な日々である。
(中略)
先の喜納政和は、「あいつらは虐殺しただけじゃない」と怨念を込めて言う。
事実、逃亡兵の中には、既婚者でありながら祝言を挙げたり、17 歳の娘に子供を孕ませたまま、島から逃げた者もいたのである。
(中略)
申應均として韓国で功なり名遂げた彼だが、山梨県に住む平山隊の元戦砲隊第一分隊長(82)の意見は手厳しい。
「平山さんは優しい人物ではありましたが、戦後になって、沖縄の小島に逃げて女を捨てたという話などを聞き、軍人としては最低だと思った。昭和20 年4月20 日、平山隊の副長格だった2 人の将校が八重岳で自決しています。一人は予備士官の中尉で、この人は負傷して動けなくなった。“足手まといになりたくないから自決させてくれ”と言って我々の目の前で自決されました。平山さんは私たち124 名の部隊の長だった人です。部下の自決を見ていた隊長が、米兵のいない島に逃げていたとは……卑怯だとしか言いようがない」


逃亡し、民間人虐殺まで行った朝鮮人の略歴

申応均(平山勝敏)
日本陸軍士官学校53 期卒業、旧日本陸軍少佐。
沖縄戦に第24 師団砲兵大隊長として参戦。後、韓国軍に入隊、韓国軍砲兵の育ての親。
第1 野戦砲兵司令官、第3 師団長の地位へ。
退役後、駐トルコ、西ドイツ両大使、国防科学研究所長を歴任。
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