戦前の日本の技術力・二式大艇
投稿者: bakamarudashi55 投稿日時: 2007/07/27 21:55 投稿番号: [61623 / 230347]
家の近くに住んでいる農家の爺さんが昔、ラバウルで二式大艇(二式飛行艇)の整備兵をやっていた。お台場の船の科学館の庭にその本物があるというので5,6年前お台場に行ってきた。(今は九州鹿屋の基地資料館にあるそうだ)
驚いたのはその馬鹿でかさである。「戦前すでにこんな馬鹿でかい飛行艇を
国産で作っていてしかも空を飛んでいたのか」と本当に仰天した。
その爺さんの話によると4つのエンジンを搭載しており、200時間飛行する毎にエンジンをすべて分解して掃除し、また全ての部品について来歴簿が
あり徹底した管理を行っていたとのことである。
エンジンの音を聞いただけでどこが悪いか一発でわかるのだそうだ。
これだけでかい飛行機であるから整備兵自身も飛行機に乗り込んでいた
とのことである。
整備兵になるのもなかなか試験が大変だったらしい。
今の世ならスペースシャトルの整備員をやっていたような感じだろう。
そんな整備兵が、戦後田舎で農業をやっていたのである。
当然、内燃機関のスペシャリストであるから、自動車や農業機械など
彼らにとってはおもちゃのような感じだったはずだ。
私の郷里の幼馴染の父親も戦闘機鐘馗(しょうき)の整備兵だった。
その友人の家も農業だったが、自動車免許を取ったのも小型トラックを買ったのも耕運機を買ったのも、いつもその家が村で一番だった。
すると近所の農家も次々と真似していった。
彼らのような高度の技術者が日本全国津々浦々に戦後散らばり
日本全国で工業、農業、水産の近代化を推し進めたのだなあと思った。
現在、2式大艇は鹿屋にあり見に行くのは中々大変であるが、
機会があったら是非見にいってほしい。
日本の技術力の伝統に圧倒される。
これは メッセージ 61606 (watasiwakaininaritai さん)への返信です.
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