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オランダの「戦艦」は、なんちゃって級

投稿者: yokokaratatehe 投稿日時: 2007/06/02 23:02 投稿番号: [57909 / 230347]
笑った。

海防戦艦なんて言うから、いかにもだな〜と思ったら、
ウィキに出てるんだ(笑い
戦艦モドキとして。
「戦艦」(battleship)じゃなくて、海防戦艦(Pantserschip)とはね。


>デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェンは、オランダ海軍の海防戦艦(Pantserschip)である。

進水   1909年3月(第一次大戦の5年前・・・トホホ

基準排水量:7,600トン
兵装:25cm 連装砲2基(28cm の説あり)
最大速力:18ノット

寂しい・・・・

就役後は、オランダ本国に配備されていたが、1921年にインドネシアに配備された。1933年2月4日艦上で反乱が発生したが、14日に空爆により、犠牲者23人を出して鎮圧されている。この空爆自体は、警告弾が誤って直撃したものであるとも考えられている。1936年、スラバヤ(Soerabaja)と改名、同時期に練習艦となる。

第二次世界大戦勃発後の1942年2月18日、空襲により大破。日本軍のジャワ島上陸の翌日となる3月2日に自沈した。その後、日本軍によって浮揚され、使用可能であった兵装の回収後、再度自沈している。

http://ja.wikipedia.org/wiki/デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン_(海防戦艦)


それから、オランダの戦艦計画そのものが「なんちゃって」建艦計画。

>1912年に提案された7,600t海防戦艦案は1913年には戦艦9隻を整備する案に発展した。1番艦は1914年12月起工、1918年竣工を予定していたが、元々オランダにはそこまでの大戦艦を9隻も注文し代金を支払える国力も無く、程なく第一次世界大戦も始まった事により本計画は自然消滅した。<

>1930年代に極東における日本の勢力圏が拡大されるにつれて、危機感を抱いたオランダは1939年に巡洋戦艦の建造を計画し、1940年には計画が承認された。設計は国交関係修復の意味をこめてドイツに依頼した為に外観はシャルンホルスト級に似ていたが、船体構造はアメリカ式とイタリア式の混在で防御力もシャルンホルスト級よりも優れていた。本級が対抗すべき艦として想定されたのは戦艦ではなく、巡洋艦であった。その為、主砲には過去の海防戦艦で実績のある28.3cmを採用することになっていた。1944年までに3隻を建造する計画だったが、オランダがドイツの侵攻を受け占領されたことにより本案も実現することなく終わった。<

http://ja.wikipedia.org/wiki/オランダの戦艦建造計画


巡洋戦艦で、しかも、設計がドイツ(笑い

しかも、現実には一隻も作ってない・・・

とてもじゃないが、戦艦大和を作った国と比べる対象じゃないな〜
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