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静かな朝の国より助言

投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2007/05/26 08:39 投稿番号: [56989 / 230347]
  戦後日本人は、アメリカ的個人主義と民主主義の価値観の中で、民族的な共同体の構築を禁止され続けてきました。その結果が、生の充実感とアイデンティティーを見失った多くの日本人の出現と空虚感に任せての生命を軽視した犯罪です。

  したがって、今こそ君たちは民族としての誇りに目覚め、民族共同体を再建しなければならないのです。そのためには、アメリカから押し付けられた価値観を拒否し、君たちの眼で正しい歴史を構築しなければなりません。正しい歴史観を今一度立て直すことが重要なのです。

  アメリカの生徒は、アメリカを誇りを持って語ることができるという。中国の生徒は自信を持って中国を語ろうとする。ところが日本の生徒は、日本を語ろうとしない、語ることができないのではないかといわれる。

  なぜか?

  アメリカの生徒は、アメリカに身を置き、自らの身の回りの具体的な問題について、その解決の方策を考える訓練、教育を受けているといわれる。中国では、自国の現状や状況を価値判断の基準として、問題解決にあたる明確な教育が行われているといわれる。

  それら現状認識の価値観の善し悪しは別として、明確な方針のもとに教育が行われているのは事実であろう。それに比して、君たちの国はどうか。日本人としてのアイデンティティ を考慮しようとしない。つまり、日本人としての感性に裏づけられた思考の訓練がなされていないのではないか。

  どこの国の教科書かわからないような教科書をつかって歴史を「教えよう」としているのであれば、当然の帰結とも言える。民族の、日本人としての営みの中で培われてきた「文化」とか「伝統」というものに裏打ちされた歴史を語り、考えていかない限り、日本の生徒は日本を語ることができないのではないだろうか。

  どうしてそんなことになってしまうのだろうか。それは戦後の歴史学が、戦前のそれへの反発から、極端な特定のイデオロギーに支配されてしまったというのが一つの大きな要因と言えるだろう。つまり、科学的であると称して、唯物史観でみる歴史が正しいのだとの考え方がその主流を占めてきたのである。それがそのまま、歴史教育の場に持ち込まれてしまったのであるから、その弊害は甚大で、このために日本の生徒は日本を語ることができなくなってしまったのである。

  国家が教科書を作る制度から国定教科書制度へ、国定教科書制度から自由教科書制度へという変化も"教科書の叙述には責任を持つ"という前提の下で行わなければならない。   多様な歴史観とは、どんな誤った記述でも教科書に書いてよいという意味ではない。特に国際的な個所においてはより慎重に記述せねばならない。そして日本人が行ったことで数多くの人々が苦しんでいるのである。

  世界は一体どうなるのだろうかとこの問題の推移を覗っている。これは一国家だけの問題ではない日本は世界の一員として、何らかの適切な対応をしなければいけないのである。今、日本人に必要なことは、再び侵略者の側に立たないため、正しい歴史を学び、真実を見極め、謝罪と償いをきちんと行うことです。こうして、過去と正面から向き合い、負の歴史を克服することが、アジア諸国の人々と信頼関係を築き、明るい未来を切り開くことにつながります。

  少しはわかって貰えると思うが..君達には難しいかなぁ?

  <丶`д´>We are the most excellent race!!
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