Re: 剣道は、韓国が起源です
投稿者: lalalurararu 投稿日時: 2007/05/17 15:53 投稿番号: [55953 / 230347]
朝鮮半島の歴史は、餓死しかけた餓鬼のような一般朝鮮人が作ったのではない。
朝鮮半島の歴史は、両班によってしか作られることがなかった。
そして、韓国人全員、自分を両班出身と言いつつ、実際ほとんどの韓国人がそうであるように、キムも、両班の何たるかをわかっていない。
呉善花氏がその著作に書いているが、両班というのは、一切の労働をしてはならなかった。
両班というのは、汗をかいてはならなかった。例外なく全てそうであった。
命からがら逃げる時も決して走ってはならないのが両班だったのだ。
階段を昇るのも、労働として見下されるため、人に抱えられて上がったし、小学校の運動会では、当然、走ってはならない両班の子息の代わりに、校長先生が走った。
朝鮮半島で、西欧人がテニスに興じるのを見た両班は、あんなに汗をかくなら、召使いにやらせればいいのにと、顔をしかめた。
このように、一粒の汗もかいてはならない両班が、武道を重んじるわけなどなく、発達するわけもない。
武芸どころか、技術者もとことん見下された。
陶器作りどころか、チャングムのような料理人の、火の近くですすだらけの汗まみれになる職業は、徹底的に見下された。
料理で火を起こせば、料理人の顔など真っ黒になって当然だが、イタリアやフランスの火を担当する者の顔が真っ黒なのは、ヨーロッパ人の方が、韓国以上に、本当の料理を知っているということだ。
ヨーロッパに比べ、すすで顔が全く汚れず、まるで現代のシステムキッチンで、現代料理でも作ったかのような、チャングムの料理にリアリティなどない。
なぜ、両班が、ここまで汗をかいてはならなかったのか。
それは、宗主国の人間を迎えるためである。
両班は、宗主国、中国から、特使を迎えねばならない立場だった。
体からくさいにおいを発していては、中国の特使に嫌な顔をされ、朝鮮人の強烈な臭さを我慢させられたことを、中国人は無礼千万と考える。
そういえば、朝鮮に在住した日本人のためだけにトイレが作られたというのも史実だな。
だが、日本は美しく恵まれた国だった。
日本が地震国であることを疑うものはない。日本が地震国なのは、別に昨日今日始まったことではない。
つまり、日本には、身分に関係なく、誰もが入れる温泉が、そこかしこに湧き出ていたということだ。絶景やいい場所は、お偉いさんのものだったかもしれないが、百姓だからといって温泉に入ってはならないなどという決まりが日本に存在したことなど、ただの一度もない。
つまり、日本という地震国に付随した温泉に浸かることで、心も体も、リフレッシュ、リラックスしてきた日本人だからこそ、働いた後に浴びる一風呂の爽快感を世界の誰より知っているのだ。
風呂を爽快に浴びるには、運動して働いて一汗流した後が最高である。という、日本人のこの感覚は、今も昔も全く変わらない。日本人のたゆまない勤勉さは、日本中に当たり前に湧き出た温泉の賜物であるということもできる。もし温泉でリフレッシュできなければ、もしかしたら日本人も朝鮮人のように、汗をかかないよう、極力、働かなかったかもしれない。
だが、どんなに汗まみれで働こうが、汗だくで武芸に打ち込もうが、温泉に入って、気分爽快、完全リフレッシュできたのが日本人だ。ユーラシア大陸にしがみつく朝鮮半島にはない、地震国、日本ゆえの賜物だ。
中国人、朝鮮人は、自分たちは日本人と何一つ変わらないと思っているようだが、日本人には、長年、地震と付き合ってきたと同様、温泉とも切っては切れない関係にあった。これは、朝鮮人、中国人とは完璧に大きな差だ。
日本人と温泉を切っても切れない関係というのは、おそらく世界中で、入浴剤に、国内各地の有名温泉を銘打った商品があるのは日本だけだろうし、女性のコロンに湯上りの香りがあり、風呂上りの香りを、日本人の男女ともに好むのも、まさに日本人ならではである。
日本のように各地に温泉がなく、汗をかいてはならない両班が存在した朝鮮に、汗をかく武道や、チャングムのような料理人などが尊敬を受けたり育ったわけがない。
汗をかいてはならなかった朝鮮両班を思えば、一般の朝鮮人がどれほど両班以下であったか想像がつくというものだ。
それと、剣道の胴着を着てどれだけ汗だくになるか、剣道の何たるかを知らない韓国人も、キムも、理解していない。
胴着を着て激しい稽古ができたのは、そのあと温泉に入れる日本人のみである。朝鮮人ではない。
朝鮮人が胴着を着れば、汗だけのにおいですむわけがなく、特に、両班が、中国人の前で発するのを最も恐れた臭いを発したであろうことから考えても、朝鮮人に剣道などできたわけがないのだ。
朝鮮半島の歴史は、両班によってしか作られることがなかった。
そして、韓国人全員、自分を両班出身と言いつつ、実際ほとんどの韓国人がそうであるように、キムも、両班の何たるかをわかっていない。
呉善花氏がその著作に書いているが、両班というのは、一切の労働をしてはならなかった。
両班というのは、汗をかいてはならなかった。例外なく全てそうであった。
命からがら逃げる時も決して走ってはならないのが両班だったのだ。
階段を昇るのも、労働として見下されるため、人に抱えられて上がったし、小学校の運動会では、当然、走ってはならない両班の子息の代わりに、校長先生が走った。
朝鮮半島で、西欧人がテニスに興じるのを見た両班は、あんなに汗をかくなら、召使いにやらせればいいのにと、顔をしかめた。
このように、一粒の汗もかいてはならない両班が、武道を重んじるわけなどなく、発達するわけもない。
武芸どころか、技術者もとことん見下された。
陶器作りどころか、チャングムのような料理人の、火の近くですすだらけの汗まみれになる職業は、徹底的に見下された。
料理で火を起こせば、料理人の顔など真っ黒になって当然だが、イタリアやフランスの火を担当する者の顔が真っ黒なのは、ヨーロッパ人の方が、韓国以上に、本当の料理を知っているということだ。
ヨーロッパに比べ、すすで顔が全く汚れず、まるで現代のシステムキッチンで、現代料理でも作ったかのような、チャングムの料理にリアリティなどない。
なぜ、両班が、ここまで汗をかいてはならなかったのか。
それは、宗主国の人間を迎えるためである。
両班は、宗主国、中国から、特使を迎えねばならない立場だった。
体からくさいにおいを発していては、中国の特使に嫌な顔をされ、朝鮮人の強烈な臭さを我慢させられたことを、中国人は無礼千万と考える。
そういえば、朝鮮に在住した日本人のためだけにトイレが作られたというのも史実だな。
だが、日本は美しく恵まれた国だった。
日本が地震国であることを疑うものはない。日本が地震国なのは、別に昨日今日始まったことではない。
つまり、日本には、身分に関係なく、誰もが入れる温泉が、そこかしこに湧き出ていたということだ。絶景やいい場所は、お偉いさんのものだったかもしれないが、百姓だからといって温泉に入ってはならないなどという決まりが日本に存在したことなど、ただの一度もない。
つまり、日本という地震国に付随した温泉に浸かることで、心も体も、リフレッシュ、リラックスしてきた日本人だからこそ、働いた後に浴びる一風呂の爽快感を世界の誰より知っているのだ。
風呂を爽快に浴びるには、運動して働いて一汗流した後が最高である。という、日本人のこの感覚は、今も昔も全く変わらない。日本人のたゆまない勤勉さは、日本中に当たり前に湧き出た温泉の賜物であるということもできる。もし温泉でリフレッシュできなければ、もしかしたら日本人も朝鮮人のように、汗をかかないよう、極力、働かなかったかもしれない。
だが、どんなに汗まみれで働こうが、汗だくで武芸に打ち込もうが、温泉に入って、気分爽快、完全リフレッシュできたのが日本人だ。ユーラシア大陸にしがみつく朝鮮半島にはない、地震国、日本ゆえの賜物だ。
中国人、朝鮮人は、自分たちは日本人と何一つ変わらないと思っているようだが、日本人には、長年、地震と付き合ってきたと同様、温泉とも切っては切れない関係にあった。これは、朝鮮人、中国人とは完璧に大きな差だ。
日本人と温泉を切っても切れない関係というのは、おそらく世界中で、入浴剤に、国内各地の有名温泉を銘打った商品があるのは日本だけだろうし、女性のコロンに湯上りの香りがあり、風呂上りの香りを、日本人の男女ともに好むのも、まさに日本人ならではである。
日本のように各地に温泉がなく、汗をかいてはならない両班が存在した朝鮮に、汗をかく武道や、チャングムのような料理人などが尊敬を受けたり育ったわけがない。
汗をかいてはならなかった朝鮮両班を思えば、一般の朝鮮人がどれほど両班以下であったか想像がつくというものだ。
それと、剣道の胴着を着てどれだけ汗だくになるか、剣道の何たるかを知らない韓国人も、キムも、理解していない。
胴着を着て激しい稽古ができたのは、そのあと温泉に入れる日本人のみである。朝鮮人ではない。
朝鮮人が胴着を着れば、汗だけのにおいですむわけがなく、特に、両班が、中国人の前で発するのを最も恐れた臭いを発したであろうことから考えても、朝鮮人に剣道などできたわけがないのだ。
これは メッセージ 55895 (kim_taek_joo さん)への返信です.
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