Re: 在日同胞は戦勝国民
投稿者: hinekyuri 投稿日時: 2007/05/08 22:49 投稿番号: [54941 / 230347]
韓国の教科書が真実を書けない理由。
日帝に「協力」した韓国とは思いたくない!
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韓国の歴史教科書では、1940年代が「空白」に近いほど簡単な記述になっているのには、幾つかの理由がある。
最大の理由は、その「抵抗史観」にしたがえば、この時期にはめぼしい抵抗の歴史が見あたらないためである。
解放後に、「金日成抗日革命神話」を作り上げた北朝鮮においてすら、1940年代は空白になっている。
韓国の公式史観が強調する上海亡命政権の流れをくむ「光復軍」が、重慶の蒋介石政権やそれを支援していたアメリカ軍の指導下にあったように、旧満州にいた金日成の「人民革命軍」も共産系の中国人の下で、極東ソ連軍に組み入れられ、極東ソ連にいた。
つまり、海外でも独自の「独立戦争」は存在しなかったのである。
より大きな理由は、この時代こそ韓国人の日本に対する「協力」が最も進んだ時代であり、「韓国の歴史」としては、本当は思い出したくも、触れたくもない時期だったからである。
教科書も言うように、この時代はまさに韓国を日本人にしようとした時代であり、実際に韓国人の多くは日本人になりつつあった。
(中略)
韓国の歴史教科書には日本に対する「協力」の文字は一切登場しない。
国定史観としての「抵抗史観」からすれば当然である。
日本支配時代は「韓国人の歴史」としては抵抗あるのみであって、協力などあってはならない。
あったとしても、それは見たくないし、しかもその「協力」は、すべて強制によるものでなければならないのである。
韓国の歴史教科書も述べているように、日本の韓国(朝鮮)支配は、最後には韓国人を日本人にしようとした。
そして、韓国人の日本人化は実際にかなり進んだ。
「光復軍」や「朝鮮人民革命軍」に加わった韓国人よりも、はるかに多くの韓国人が日本軍に加わり、日本将兵として連合軍と戦った。
したがって、連合軍も前者より後者の韓国人を韓国人の多数派と見ただろう。
連合軍が韓国を連合軍に加えず、戦勝国として認定しなかった背景は、そうした現実、つまり抵抗より圧倒的な「協力」という現実を見たからかもしれない。
韓国は、日帝支配から「自力」で独立したと思いたい!
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日本支配からの脱出、則ち解放は連合軍の対日戦勝の結果でもあったが、それ以上に自らの独立・抵抗党争の結果であると「自力」のほうに力点を置いている。
そして、自力で解放を勝ち取ったはずなのに、1948年まで独立政府を樹立できなかったのは「強大国の利害」が介入したためだというのが韓国における近・現代史の公式見解である。
しかし、日本支配からの解放を、連合軍の対日戦勝より、自らの独立闘争の結果だとする歴史認識は客観的ではない。
それは、米ソ(連合軍)による分割進駐、軍政、そして「建国」の遅れなどからも明らかである。
連合国および国際社会は、その「自力」を認めなかったのである。
従って解放をめぐる韓国の歴史認識は主観的と言うことになる。
韓国人としては当然、「自力」を強調したい。
その心情は理解できる。
「韓国人の歴史」としては、そうありたいということだろう。
民族の歴史とは、全て主観的と言ってしまえば、それまでだが、したがって民族の間で「歴史認識の一致」などと言うことは難しく、時には、あり得ないと言うことになるのである。
韓国人の歴史観 黒田勝弘 著 より
日帝に「協力」した韓国とは思いたくない!
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韓国の歴史教科書では、1940年代が「空白」に近いほど簡単な記述になっているのには、幾つかの理由がある。
最大の理由は、その「抵抗史観」にしたがえば、この時期にはめぼしい抵抗の歴史が見あたらないためである。
解放後に、「金日成抗日革命神話」を作り上げた北朝鮮においてすら、1940年代は空白になっている。
韓国の公式史観が強調する上海亡命政権の流れをくむ「光復軍」が、重慶の蒋介石政権やそれを支援していたアメリカ軍の指導下にあったように、旧満州にいた金日成の「人民革命軍」も共産系の中国人の下で、極東ソ連軍に組み入れられ、極東ソ連にいた。
つまり、海外でも独自の「独立戦争」は存在しなかったのである。
より大きな理由は、この時代こそ韓国人の日本に対する「協力」が最も進んだ時代であり、「韓国の歴史」としては、本当は思い出したくも、触れたくもない時期だったからである。
教科書も言うように、この時代はまさに韓国を日本人にしようとした時代であり、実際に韓国人の多くは日本人になりつつあった。
(中略)
韓国の歴史教科書には日本に対する「協力」の文字は一切登場しない。
国定史観としての「抵抗史観」からすれば当然である。
日本支配時代は「韓国人の歴史」としては抵抗あるのみであって、協力などあってはならない。
あったとしても、それは見たくないし、しかもその「協力」は、すべて強制によるものでなければならないのである。
韓国の歴史教科書も述べているように、日本の韓国(朝鮮)支配は、最後には韓国人を日本人にしようとした。
そして、韓国人の日本人化は実際にかなり進んだ。
「光復軍」や「朝鮮人民革命軍」に加わった韓国人よりも、はるかに多くの韓国人が日本軍に加わり、日本将兵として連合軍と戦った。
したがって、連合軍も前者より後者の韓国人を韓国人の多数派と見ただろう。
連合軍が韓国を連合軍に加えず、戦勝国として認定しなかった背景は、そうした現実、つまり抵抗より圧倒的な「協力」という現実を見たからかもしれない。
韓国は、日帝支配から「自力」で独立したと思いたい!
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日本支配からの脱出、則ち解放は連合軍の対日戦勝の結果でもあったが、それ以上に自らの独立・抵抗党争の結果であると「自力」のほうに力点を置いている。
そして、自力で解放を勝ち取ったはずなのに、1948年まで独立政府を樹立できなかったのは「強大国の利害」が介入したためだというのが韓国における近・現代史の公式見解である。
しかし、日本支配からの解放を、連合軍の対日戦勝より、自らの独立闘争の結果だとする歴史認識は客観的ではない。
それは、米ソ(連合軍)による分割進駐、軍政、そして「建国」の遅れなどからも明らかである。
連合国および国際社会は、その「自力」を認めなかったのである。
従って解放をめぐる韓国の歴史認識は主観的と言うことになる。
韓国人としては当然、「自力」を強調したい。
その心情は理解できる。
「韓国人の歴史」としては、そうありたいということだろう。
民族の歴史とは、全て主観的と言ってしまえば、それまでだが、したがって民族の間で「歴史認識の一致」などと言うことは難しく、時には、あり得ないと言うことになるのである。
韓国人の歴史観 黒田勝弘 著 より
これは メッセージ 54939 (remoname4649o さん)への返信です.
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