n_o_i_s_e_m_a_nさんの投稿を興味深く拝見
投稿者: xyzhaya2gou 投稿日時: 2007/03/21 16:55 投稿番号: [50348 / 230347]
n_o_i_s_e_m_a_nさんの投稿を興味深く拝見しました。
弥生人は、楚に滅ぼされた越の民が有力のようですね。
「呉越同舟」の越か呉か?
<以下引用>
弥生人自身の証言だ。晋書を見れば、倭人(弥生人)たちは「自ら呉太伯の後(すえ)」と言っている。つまり、弥生人自身は、自分たちは越人ではなく呉人だと言うのだ。
弥生人が越人なのか呉人なのかという問題は、単純に解決できる。もともと呉越は呉越同舟という故事とは逆に、王朝としては敵対しつつも、他の地域に比べると、同域の近い系統の民族だった。呉が越に滅ぼされてからは、呉人は越に吸収されたはずだ。これに対して、越を滅ぼした楚の民俗は揚子江中流に発することもあり、下流の呉越には馴染まなかったのだろう。
<中略>
一九九四年一月二六日ニュース報道。山口県豊北町の土井ケ浜遺跡・人類学ミュージアムの松下孝幸館長(形質人類学)らが、山東省文物考古研究所を訪問。同省の遺跡から出土した前漢時代の古人骨約七十体について、顔の長さ、幅などを計測し、北部九州や山口県で発掘された渡来系弥生人骨と比較したところ、八割以上で顔の長さ、ほお骨の厚さなど主要な値が一致。骨から推定した平均身長も渡来系弥生人(男性一六三センチ、女性一五〇センチ)とほぼ一致した。
一九九六年一〇月一九日、日本人類学会・日本民族学会連合大会発表。東大理学部の植田信太郎助教授(人類学)らは、約二千年前の中国・山東省臨錙の遺跡から出土した人骨と、同時期の詫田西分遺跡から出土した人骨のDNAを分析し、遺伝子の配列が特定の部分で同じ人がいることを確認した。
http://www.asahi-net.or.jp/~CY1N-STU/kodaishi/yayoi.htm
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