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>ゆかりの意味も逆、天皇は渡来じゃない

投稿者: stonecalcall 投稿日時: 2007/02/09 01:21 投稿番号: [47325 / 230347]
>何故か、【ゆかり】って出ると、ひつこく、天皇は渡来と思われる、朝鮮系だろうって、重ねるように続くね。
何の証拠もない【願望】、【妄想】
百済自体、【夫余で、現在の東北地区(旧満州)にいた民族】って何度も語られてる。今の朝鮮人と何の関係もないし、滅亡した後は王族みんな日本に避難したから、今の朝鮮にさらさら関係ない。どこに血が残ったんだって。
誰か残ったんなら、それこそ、誰が残ったか言ってみてほしいね。
しかも、百済は、宋の史書に残っているように、国の中は、宋の人間と倭人ばかりだと。
つまり、中国人と日本人は、直接色々と百済でやりとりしていて、文化や物品を直接やりとりしていた。往来もお互いにしていた。
朝鮮人が文化を伝えたなんて話しは全然、これっぱかりも出てこない。<

>【ゆかり】の意味は、昔、朝鮮半島の南は、数百年間、日本の天皇が【満州】みたいに支配していた、そのゆかりを感じるって意味。<



わざとらしく、ひつこく蒸し返してますよね、勝手に認定。

でも、どうせ、朝鮮に史料と呼べるものはないから、結局、日本書紀から都合の良いところだけをとろうとする。そして、全部破綻する。
渡来だなんだと勝手に決めつけてるのも、任那近辺に派遣された豪族のことをかってに認定してる。
自分達の史料は、14世紀くらいまで何もないし、それも、嘘くさいものしかない。

結局、向こうでも、何もかも自信がないし、遺跡が出るたびに、日本の支配を証明してしまうので、発掘まで中途で投げ出している。


>今日の日本論の体たらくぶりを、日本古代史の専門家という立場から批判しているのは金絃球高麗大学教授である。

<1985年、(中略)H大学アジア文化研究所主催で、「東洋古代文献の信憑性」というテーマのシンポジウムが開催され、私は日本文献に関する発表者として参加することになった。発表に先立って市内の某ホテルで主催者側と発表者が事前集会をもった。当時私は血気にあふれており、また韓国史の大家であるL教授と同席したこともあって平素抱いていた韓国の学界についての不満をぶちまけた。「わが国の中・高等学校教科書を見ると、百済・高句麗・新羅三国の文化が日本に伝えられた話が出てきますが、その内容は日本古代史書である『日本書紀』を土台にしているもので、わが国の史書にはありません。ところが、日本の学者たちが『日本書紀』を土台にして、古代日本が200年余り韓半島南部の伽耶(日本では任那という)地域を支配したという「任那日本府説」を主張すると、韓国の学界では、それは(中略)信じることができない資料なので、その学説も信じることができないと主張しています。(中略)これは明白な矛盾であり、こうした姿勢ゆえに日本の学界が韓国の学界を軽く見るのではありませんか」と、身のほどを知らぬ質問をした。そうしたらL教授は黙り込んで答えず、横におられたC教授が「自信がないんだよ」とおっしやった。『日本書紀』には日本が『任那日本府』という機構を置いて韓半島南部を支配しつつ三国文化を運んでいったようになっている(中略)。しかし、韓国の中・高等学校では三国文化が日本に伝播される国際関係に関しては何の説明もされず、ただ高句麗、新羅、百済の三国が日本に文化を伝えた事実だけを教えている。そこで、学生たちは日本を客観的に理解できず、無条件、対日優越意識だけを助長する結果をもたらした。外国に出かけたわが国の学生が、日本側の主張をそのまま取りあげた任那日本府説(中略)に接して戸惑うのも無理がない>   (金絃球)

http://didisama.tripod.com/didi/rekisi1.htm
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