「ソウル」 - 4
投稿者: k_g_y_7_naoko 投稿日時: 2007/01/13 21:29 投稿番号: [45730 / 230347]
この若いキム某は、体格もよく、どことなくヌボーとしておったが、目には野性的な鋭さと私に噛みつくような野心が見られた。まるで儂に敵愾心でも抱いているかのようである。儂の剣道の弟子たちにもこのような目付きの若者たちがおったが、その後皆強くなっておる。指導を間違えれば、道にそれ邪悪になるか、儂に敵対する、そんな若者に見えた。
社の担当者から聞いた話しによると、このキム某は、韓国の田舎の大学を出てから、仕事を求めてK社の運転手をやっていた叔父をたよってソウルに上京してきたそうである。しかし、田舎の二流大学出ということでK社の選考にもれ、警備員のアルバイトをしておったとのこと。が、その後ふとしたきっかけでK社の会長の目に止まり、会長付き運転手兼ボディガードとなった。その後、公私にわたり会長夫婦に献身したらしく、やがて会長夫婦の認めるところとなって、秘書付きになったとのことである。
この男には、会長もどうやら気兼ねなく素顔を見せておったに違いない。ならば、K社の裏事情にも詳しかろう、そう直感した。だから、この男の土下座にも、他の役員が動揺するのを抑えてほっておいた。当の会長は、この男の突然の行動にうろたえ、絶句しておったが、結果はこの男の突発的な行動がK社を救ったのである。いや、救ったわけではないが、もう少し様子をみようということになった。
しかし、会長の親族にすっかり牛耳られておるK社で一介のよそ者の若者がいくら力んでみたところでたかが知れておる。ムキになればなるほど一族役員連中からは村八分にされるかも知れん。何ヶ月たっても、K社の経営と業績改善の話しは聞こえてこんかった。担当役員は、「韓国人は扱いずらい」としか言わん。
そんなある日、キムがひとりで日本の儂を訪ねて来た。あらかじめ彼から電話があったから土曜の夜ではあったが、会うことにした。聞くと会長にも内緒で自費できたから、明日には帰るという。そして「まだ、お約束が果たせなくてまことに申し訳ありません」とよくわからん日本語で深々と私に頭を下げた。一介の秘書にしかすぎない若造がまるでK社を背負って立っておるような言い草である。儂との約束がそうさせておるようであった。彼が儂に書類を渡すから、「何かな?」と聞くと、「生意気なようですが、私が作成した企画書です。どうかご一考くだい。もうしばらくお取引を続けさせてください」と言った。企画書は、英語でしたためてあったが、実にたよりない英語である。
「これは、君の英語か?」
「ええ、すみません。日本語が書けません..、ですから..」
企画書は、我々にとってはまったくあたりまえの内容である。多くの日本企業が、それもかなり前から採用しておる、日本人ならだれもが知っておるような経営と品質管理システムが記載されておった。すなわち、裏を返せばこのようなシステムすらいまだK社にはなく、またK社を指導する我が社にも問題がある、ということを言いたいらしい。キムは、それとなく儂にそのことを言いにきたのであろう。勿論、クビ覚悟の上でな。儂に面と向かって直接自社と我が社を批判することは、一介の秘書の分際で出過ぎた行為であるから、暗に儂に悟らせようとしておるらしい。もしそうならば、こんな姑息な手を使いおってと少し腹も立ったが、ま、この男は儂が見込んだとおりの男、見込みはありそうじゃ、そう思いもした。
爺
では今日はこれにて御免。
社の担当者から聞いた話しによると、このキム某は、韓国の田舎の大学を出てから、仕事を求めてK社の運転手をやっていた叔父をたよってソウルに上京してきたそうである。しかし、田舎の二流大学出ということでK社の選考にもれ、警備員のアルバイトをしておったとのこと。が、その後ふとしたきっかけでK社の会長の目に止まり、会長付き運転手兼ボディガードとなった。その後、公私にわたり会長夫婦に献身したらしく、やがて会長夫婦の認めるところとなって、秘書付きになったとのことである。
この男には、会長もどうやら気兼ねなく素顔を見せておったに違いない。ならば、K社の裏事情にも詳しかろう、そう直感した。だから、この男の土下座にも、他の役員が動揺するのを抑えてほっておいた。当の会長は、この男の突然の行動にうろたえ、絶句しておったが、結果はこの男の突発的な行動がK社を救ったのである。いや、救ったわけではないが、もう少し様子をみようということになった。
しかし、会長の親族にすっかり牛耳られておるK社で一介のよそ者の若者がいくら力んでみたところでたかが知れておる。ムキになればなるほど一族役員連中からは村八分にされるかも知れん。何ヶ月たっても、K社の経営と業績改善の話しは聞こえてこんかった。担当役員は、「韓国人は扱いずらい」としか言わん。
そんなある日、キムがひとりで日本の儂を訪ねて来た。あらかじめ彼から電話があったから土曜の夜ではあったが、会うことにした。聞くと会長にも内緒で自費できたから、明日には帰るという。そして「まだ、お約束が果たせなくてまことに申し訳ありません」とよくわからん日本語で深々と私に頭を下げた。一介の秘書にしかすぎない若造がまるでK社を背負って立っておるような言い草である。儂との約束がそうさせておるようであった。彼が儂に書類を渡すから、「何かな?」と聞くと、「生意気なようですが、私が作成した企画書です。どうかご一考くだい。もうしばらくお取引を続けさせてください」と言った。企画書は、英語でしたためてあったが、実にたよりない英語である。
「これは、君の英語か?」
「ええ、すみません。日本語が書けません..、ですから..」
企画書は、我々にとってはまったくあたりまえの内容である。多くの日本企業が、それもかなり前から採用しておる、日本人ならだれもが知っておるような経営と品質管理システムが記載されておった。すなわち、裏を返せばこのようなシステムすらいまだK社にはなく、またK社を指導する我が社にも問題がある、ということを言いたいらしい。キムは、それとなく儂にそのことを言いにきたのであろう。勿論、クビ覚悟の上でな。儂に面と向かって直接自社と我が社を批判することは、一介の秘書の分際で出過ぎた行為であるから、暗に儂に悟らせようとしておるらしい。もしそうならば、こんな姑息な手を使いおってと少し腹も立ったが、ま、この男は儂が見込んだとおりの男、見込みはありそうじゃ、そう思いもした。
爺
では今日はこれにて御免。
これは メッセージ 45728 (k_g_y_7_naoko さん)への返信です.
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