Re: 日韓海底トンネル
投稿者: fvnii 投稿日時: 2007/01/07 23:46 投稿番号: [45217 / 230347]
>日本側にもこの計画を推進するグル−プも有るようだな。<
その「日本側」ということになっているのが、一番胡散臭い韓国の集団。NPOでやってるらしいが・・・・在日もかなり混じっている。
そのせいか、韓国側にも強い警戒感があるらしい。
>「最新巨大プロジェクト」−1991年5月1日株式会社学習研究社
発行より
日韓トンネルの最初の構想は、第二次世界大戦前に日本の鉄道省が
構想した「亜細亜環鉄道建設構想」にまでさかのぼる。当時、鉄道省
建設局計画課の主任技師であった桑原弥寿雄によって提起されたこの
計画は、南は対馬海峡を経て大陸にわたり、又北からは津軽海峡をト
ンネルで抜けて札幌、旭川、稚内と走り、宗谷海峡からトンネルで樺
太に上陸した後、間宮海峡を埋め立てて大陸にはいることを考えてい
た。これは、日本列島を北と南で大陸と地続きにし、アジアをぐるり
と一周する鉄道を建設しようという夢のような構想だったのである。
昭和16年と17年には相次いで対馬海峡の地質調査のための
ボーリングも行われた。だが、当時の土木技術と日本のおかれた国情
から見ても、とうていこのような事業が実現するはずはなく、
計画はその後沙汰止みとなった。
その後、ふたたび日韓トンネル構想が注目され、本格的な研究の対象
となったのは、戦後35年を経た1980年のことだった。
この年、日本の建設会社大林組は、ユーラシア大陸を横断して東京と
ロンドンを結ぶ「ユーラシア・ドライブウエイ構想」の一環として、
日韓トンネルの詳細な検討を行い、80年現在の技術を持ってすれば
このトンネルは十分に実現可能、という結論を得たのである。
1980年の試算によれば、このトンネルの建設費は直接工費だけで
3兆円、工期は20年は要するという。
これは実現を目指した計画というより、可能性を追求するシミュレー
ションである。しかし、現在の土木技術でもこれだけの事業を実現
させることが可能だと結論できたのは、何よりも大きな収穫だった。
そして1981年、今度は韓国に本部を置く宗教団体「統一教会」
が、大林組の構想に類似した「国際ハイウェイ建設構想」を発表、
その中に日韓海洋トンネル案が含まれていた。だが、今回の計画は
机上プランにとどまらず、対馬海峡及びその周辺のトンネル建設
予定地の詳細な地質調査まで実行された。
そして、86年10月には、この構想の長い歴史において初めて、
調査斜坑の掘削にまでこぎ着けたのである。
このトンネル計画を含む「国際ハイウェイ」そのものは、1981
年に韓国で開かれたシンポジウム「科学の統一に関する国際会議」
で提案されたものである。
計画はいまも手直しを加えられながら、次第にリアリティーを増し
て来てはいる。だが、このトンネル計画は最終的に数兆円を要する
超大型プロジェクトである。これまでの調査がトンネルの実現に
直接つながるかどうかまだ何ともいえない。
しかし、もしこの計画が当初の計画通り西暦2000年に実現した
なら、開通時で一日3万台、2015年には4万台の車両を通す
能力を持ち、東アジアの地域経済の活性化にきわめて大きな影響を
もたらすだろう。
壱岐・対馬が東南アジアにおけるシンガポールにも相当する物流と
情報の中継基地になるという予想も出されている。 <
その「日本側」ということになっているのが、一番胡散臭い韓国の集団。NPOでやってるらしいが・・・・在日もかなり混じっている。
そのせいか、韓国側にも強い警戒感があるらしい。
>「最新巨大プロジェクト」−1991年5月1日株式会社学習研究社
発行より
日韓トンネルの最初の構想は、第二次世界大戦前に日本の鉄道省が
構想した「亜細亜環鉄道建設構想」にまでさかのぼる。当時、鉄道省
建設局計画課の主任技師であった桑原弥寿雄によって提起されたこの
計画は、南は対馬海峡を経て大陸にわたり、又北からは津軽海峡をト
ンネルで抜けて札幌、旭川、稚内と走り、宗谷海峡からトンネルで樺
太に上陸した後、間宮海峡を埋め立てて大陸にはいることを考えてい
た。これは、日本列島を北と南で大陸と地続きにし、アジアをぐるり
と一周する鉄道を建設しようという夢のような構想だったのである。
昭和16年と17年には相次いで対馬海峡の地質調査のための
ボーリングも行われた。だが、当時の土木技術と日本のおかれた国情
から見ても、とうていこのような事業が実現するはずはなく、
計画はその後沙汰止みとなった。
その後、ふたたび日韓トンネル構想が注目され、本格的な研究の対象
となったのは、戦後35年を経た1980年のことだった。
この年、日本の建設会社大林組は、ユーラシア大陸を横断して東京と
ロンドンを結ぶ「ユーラシア・ドライブウエイ構想」の一環として、
日韓トンネルの詳細な検討を行い、80年現在の技術を持ってすれば
このトンネルは十分に実現可能、という結論を得たのである。
1980年の試算によれば、このトンネルの建設費は直接工費だけで
3兆円、工期は20年は要するという。
これは実現を目指した計画というより、可能性を追求するシミュレー
ションである。しかし、現在の土木技術でもこれだけの事業を実現
させることが可能だと結論できたのは、何よりも大きな収穫だった。
そして1981年、今度は韓国に本部を置く宗教団体「統一教会」
が、大林組の構想に類似した「国際ハイウェイ建設構想」を発表、
その中に日韓海洋トンネル案が含まれていた。だが、今回の計画は
机上プランにとどまらず、対馬海峡及びその周辺のトンネル建設
予定地の詳細な地質調査まで実行された。
そして、86年10月には、この構想の長い歴史において初めて、
調査斜坑の掘削にまでこぎ着けたのである。
このトンネル計画を含む「国際ハイウェイ」そのものは、1981
年に韓国で開かれたシンポジウム「科学の統一に関する国際会議」
で提案されたものである。
計画はいまも手直しを加えられながら、次第にリアリティーを増し
て来てはいる。だが、このトンネル計画は最終的に数兆円を要する
超大型プロジェクトである。これまでの調査がトンネルの実現に
直接つながるかどうかまだ何ともいえない。
しかし、もしこの計画が当初の計画通り西暦2000年に実現した
なら、開通時で一日3万台、2015年には4万台の車両を通す
能力を持ち、東アジアの地域経済の活性化にきわめて大きな影響を
もたらすだろう。
壱岐・対馬が東南アジアにおけるシンガポールにも相当する物流と
情報の中継基地になるという予想も出されている。 <
これは メッセージ 45216 (korea_dame さん)への返信です.
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