Re: 終戦直後の南鮮、朝鮮人に襲撃される日
投稿者: may7idaho 投稿日時: 2007/01/07 10:28 投稿番号: [45126 / 230347]
>私見ですが、このようなことは南ではあまり無かっただろうと、思われます。
>ぜならば南には完全武装の日本軍が健在であり、また総督府も健在でした。したがつて、警察も機能しており、暴徒が乱暴狼藉を出来るわけがありません。
>GHQは、米軍が上陸してくるまで、総督府が引き続き、朝鮮(南半分だけだが)を統治するように指示しており、総督府が健在である限りは、無法状態、無政府状態ではなかったはずです。
その証拠には、総督府はまったくいつものように存在し、米軍の到着までソウルは全く平穏だったそうです。
>また、満州からの難民は38度線へ、38度線へと死の行進を続けましたが、それは38度線を越えれば安全だったからです。<
私は、これに応えた形で、
総督府が健在だった等という荒唐無稽な事実はまったくなく、
当時の南鮮は、北朝鮮同様、無政府状態であり、
警察も機能しておらず、米軍も日本人は守っておらず、朝鮮人暴徒が、警察官を殺しまくるなど、乱暴狼藉の限りを尽くし、
好きなように日本人を集団で襲撃し、日本人女性を引きずり出して暴行していた。
平穏どころか、当時の京城は、北朝鮮同様、朝鮮人による無法行為、乱暴狼藉の限りにより、日本人にとって地獄と化した。
その点を伝えるために、投稿しましたが?(笑)
虐殺はなかったんだ?
どこに書いてあるのですか?
これは メッセージ 45124 (superdreadnote さん)への返信です.
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