>朝鮮の暴徒に囲まれて行方不明になった
投稿者: bellsantes 投稿日時: 2007/01/06 00:28 投稿番号: [45012 / 230347]
>大正〜昭和初期にかけて鉄道工業株式会社の技術者として兄弟で,鉄道建設期の日本で活躍しました
戦前から戦中にかけて,本来なら隠居する年齢でしたが,会社に請われて朝鮮の鉄道建設のために半島に渡りました
が,終戦の引き上げの時にゼンラドウというところで,朝鮮の暴徒に囲まれて行方不明になったそうです
多分,殺されたのだと思っています
この人の体験と似ていると思います。
「戦争が終わって日本が負けたことが分かると、朝鮮人がとたんに掌を返したように日本人を襲う姿も描かれている」
【私が朝鮮半島でしたこと1928年‐1946年】
http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/13266174.html
>著者は朝鮮開拓の一端を担い、土木工事の現場責任者として、職にあふれている朝鮮人をしっかりとした給料で雇い、そして朝鮮人達を朝鮮人達と同じ釜の飯を食い、共に働いた様子が描かれています。そこで見聞きしたもの、朝鮮人との心温まる触れ合い。朝鮮人と協力しつつ作業を進めている風景が印象的で、決して「奴隷のように働かせている」といった様子ではなく、和やかな人と人との触れ合いが感じられます。
道路や鉄道、上下水道、電気など基本的なインフラがほとんど整備されておらず、近代化とはほど遠い状態だった朝鮮半島へ、日本は併合後に資本注入を行ない、さまざまなインフラを整備し、農地改革を行い、それまでの朝鮮半島につきものだった汚職をなくし、教育を施し、短期間に驚くほどの近代化をさせるのに成功しました。その結果、日本統治時代に人口は二倍になり、農作物の収穫量は二倍になりました。このような事実があるわけですが、その時の生の体験をこの本の著者は語っており、様々な資料を読むよりも心に訴えるものがあります。
しかしながら、戦争が終わって日本が負けたことが分かると、朝鮮人がとたんに掌を返したように日本人を襲う姿も描かれているところにも注目したいです。<
>本書は、日本の朝鮮半島統治時代に、土木技師として現地に渡った著者の数々の土木事業の記録である。興味深いのは、土木事業の内容もさることながら、現地での生活、現地の人たちの様子や当時の朝鮮半島の状況が描かれていることだ。
当時、床暖房用に木を伐ってしまうため、坊主山だらけだったことや、灌漑施設が極めて不十分で、雨が降るたびに水田が水溜まりになって排水されないことなども書かれている。
そのような土地だったからこそ、数々の土木工事が必要だったわけだ。著者は、伊川水利の大工事、赤壁橋の架設工事、荒れ地の耕地整理、鉄道工事、鴨緑江の橋梁工事、安州干拓工事などを次々に行っていった。しかし、安州干拓工事の途中で終戦になってしまった。
「三十余年かかって半島に金と手を加えてきた成果が、ようやく実を結びはじめていた。…そして、これからいよいよ花開くというときに、終戦になってしまった。もしあのまま工事がつづいていたら、北朝鮮の食糧事情はずいぶん違うものになっていたのではなかろうか。これからというときに残念なことをした」。
著者の素直な気持ちであろう。
本書は研究者による歴史論の書ではなく、一日本人による素朴な回想録である。それだけに、当時の朝鮮半島の状況をより鮮明に浮かび上がらせているものである。<
戦前から戦中にかけて,本来なら隠居する年齢でしたが,会社に請われて朝鮮の鉄道建設のために半島に渡りました
が,終戦の引き上げの時にゼンラドウというところで,朝鮮の暴徒に囲まれて行方不明になったそうです
多分,殺されたのだと思っています
この人の体験と似ていると思います。
「戦争が終わって日本が負けたことが分かると、朝鮮人がとたんに掌を返したように日本人を襲う姿も描かれている」
【私が朝鮮半島でしたこと1928年‐1946年】
http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/13266174.html
>著者は朝鮮開拓の一端を担い、土木工事の現場責任者として、職にあふれている朝鮮人をしっかりとした給料で雇い、そして朝鮮人達を朝鮮人達と同じ釜の飯を食い、共に働いた様子が描かれています。そこで見聞きしたもの、朝鮮人との心温まる触れ合い。朝鮮人と協力しつつ作業を進めている風景が印象的で、決して「奴隷のように働かせている」といった様子ではなく、和やかな人と人との触れ合いが感じられます。
道路や鉄道、上下水道、電気など基本的なインフラがほとんど整備されておらず、近代化とはほど遠い状態だった朝鮮半島へ、日本は併合後に資本注入を行ない、さまざまなインフラを整備し、農地改革を行い、それまでの朝鮮半島につきものだった汚職をなくし、教育を施し、短期間に驚くほどの近代化をさせるのに成功しました。その結果、日本統治時代に人口は二倍になり、農作物の収穫量は二倍になりました。このような事実があるわけですが、その時の生の体験をこの本の著者は語っており、様々な資料を読むよりも心に訴えるものがあります。
しかしながら、戦争が終わって日本が負けたことが分かると、朝鮮人がとたんに掌を返したように日本人を襲う姿も描かれているところにも注目したいです。<
>本書は、日本の朝鮮半島統治時代に、土木技師として現地に渡った著者の数々の土木事業の記録である。興味深いのは、土木事業の内容もさることながら、現地での生活、現地の人たちの様子や当時の朝鮮半島の状況が描かれていることだ。
当時、床暖房用に木を伐ってしまうため、坊主山だらけだったことや、灌漑施設が極めて不十分で、雨が降るたびに水田が水溜まりになって排水されないことなども書かれている。
そのような土地だったからこそ、数々の土木工事が必要だったわけだ。著者は、伊川水利の大工事、赤壁橋の架設工事、荒れ地の耕地整理、鉄道工事、鴨緑江の橋梁工事、安州干拓工事などを次々に行っていった。しかし、安州干拓工事の途中で終戦になってしまった。
「三十余年かかって半島に金と手を加えてきた成果が、ようやく実を結びはじめていた。…そして、これからいよいよ花開くというときに、終戦になってしまった。もしあのまま工事がつづいていたら、北朝鮮の食糧事情はずいぶん違うものになっていたのではなかろうか。これからというときに残念なことをした」。
著者の素直な気持ちであろう。
本書は研究者による歴史論の書ではなく、一日本人による素朴な回想録である。それだけに、当時の朝鮮半島の状況をより鮮明に浮かび上がらせているものである。<
これは メッセージ 45011 (sada_goro さん)への返信です.
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