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新年、明けましておめでとうございます。

投稿者: superdreadnote 投稿日時: 2007/01/01 00:30 投稿番号: [44622 / 230347]
韓国・朝鮮と日本人」   若槻泰雄   1989年   原書房

ある国ある地域を植民地にした宗主国にとっては、土地に関する権利関係を整理することは最も重要な政策の一つである。というのは、前近代的な社会においては、土地所有権といった概念自体が確立しておらず、各種の伝統的利用権などが錯雑として存在しているからである。このような状態では、本国からの農民が土地を取得することは困難だ。農業移民に限らず、不動産が安全に取引されなければ、経済の発展は阻害されることになる。それに、これらの後進地域では、土地の面積も境界も定かでないことが多い。たとえば当時の朝鮮においては、田畑の面積は、『一斗落ち』(一斗の種籾を播くほどの広さ)とか、『一日耕』(農夫一人、牛一頭が一日間で耕すほどの広さ)といった単位ともいえないような単位を用いていた。これでは正確な課税もまた不可能となる。

これらの問題を解決するためには土地台帳を整備することが必要であり、そのためにはまず土地調査事業を実施しなければならない。そこでいずれの宗主国も、その植民地に権力を確立すると、人口調査、度量衡の統一、貨幣の統一などとともに、最初の仕事として土地調査に着手するわけである。

(中略)
李朝末期には、土地の圧倒的部分は貴族によって所有され、彼らはソウルや地方都市に住み、完全に不在地主化していた。耕作農民と所有者の間には幾層にも中間的な管理人が介在し、小農は独立生産者というよりは農業労働者に近い状態で、彼らの下に隷属していたといわれる。そして耕す農民が土地を所有するという農民的土地所有権は確立しておらず、いつでも国家の収用により没収される不安な状態にあった。総督府の実施した土地調査事業は、少なくとも、農民の50%余りに土地所有権を確立したことも事実なのである。土地調査事業は、社会、経済の近代化のために絶対必要な施策であって、この事業自体を何か悪政のようにいうのは的を外れた批判といわねばならないだろう。

総督府は市街地、農地にひきつづき1918年、林野調査部を設け、林野の所有者の境界の調査も実施した。朝鮮の山林は、特別保護されている"封山・禁山"を除き、無主公山と称し自由伐採が許されていた。そのため山林は荒廃し、ことに、公私有の権利関係があいまいに混在しており、紛争や訴訟があとをたたなかったといわれる。村有地など公共の所有地は誰もが申告しない場合も多いから、そのような土地は無主地として国有財産に編入された。


日系第一の地主ともいうべき国策会社"東拓"(東洋拓殖株式会社)の所有耕地面積は、最大のときでも朝鮮の総耕地の4%にすぎなかった。(中略)東拓は朝鮮農民から土地を購入して、これを日本からの農業移民に分譲することをその主たる業務として発足したのであるが、日本移民の成績がかんばしくなかったこともあり、総督府は大正後半以降、同会社の土地買収を認めなくなった。
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